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月城こよみの章
自然科学部
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「沙奈ちゃん、どうなったんですか?」
山下沙奈の件が一段落し保健室でひと眠りした後、私はやはり石脇佑香の鏡の前にいた。その石脇佑香の質問に、私は事実だけを簡潔に答える。
「どうもこうも、見ての通りだ。化物にとり憑かれて襲い掛かってきた。それだけだ」
そうとしか言いようがないからな。だが石脇佑香はなお訊いてくる。
「何があったんです…? 沙奈ちゃんの噂のことと、関係あるんですか?」
噂という言葉を使ったその質問には、
「噂…?」
と敢えて分からないふりをした。すると言いにくそうに石脇佑香が言う。
「その…沙奈ちゃんが援助交際してるっていうあれですよ…」
分かってはいたが、回りくどい質問に答えてやる義理はないからな。質問は単刀直入に言え。
「そのことか。結論から言おう。山下沙奈は売春をしていた。それは事実だ。ただし、正確には『やらされていた』だがな」
その私の言葉に、石脇佑香の気配が変わる。
「やらされてって…誰に!?」
「母親だ」
一切オブラートに包まない私の答えに、言葉が詰まるのが伝わってくる。それでも石脇佑香は何とか口を開いた。
「…そんな…酷い…」
ようやくそれだけが私の耳に届いてくる。まあ、中学生には重すぎる話だろう。しかし私は躊躇しない。
「その辺の詳しい事情は、機会があれば本人から聞け。私も概要しか知らん。私が知ってるのは、山下沙奈が性的虐待に耐え切れなくなり、三人の人間を殺害したということだけだ」
山下沙奈の過去については私はさして興味はない。私の興味は山下沙奈に憑いた化生のことだけだったからな。
「三人も…?」
さらに絞り出すようにしてそれだけを口にした石脇佑香に淡々と答える。
「母親と、母親の内縁の夫と、客だ」
もう、それ以上は言葉にできないようだった。
「……」
しばらくの沈黙の後、私は静かに言った。
「まあそれは私が巻き戻して、<なかったこと>にしたがな」
その私の言葉に、石脇佑香が再びすがりつくように言葉を発した。
「そうなんですか」
それでも私の返答は冷淡だった。
「ただし、その代わりに母親らの罪は白日の下に晒された。早ければ今日中にも逮捕されるかもな」
また、事実だけを述べる。しかしそれに石脇佑香は気付いたことがあったようだった。
「それって、もしかして沙奈ちゃんが何をされたかバレるっていうことですか…?」
恐る恐るという感じで尋ねてきたそれに、簡潔に答える。
「当然だな」
あくまで冷徹な私の言葉に、石脇佑香が動揺する。
「そんな…他に方法はなかったんですか?」
懇願するようなその問いかけにも、私は一切、情を見せることはない。
「方法? うやむやにするだけなら何とでもできるが、それで本当に問題が解決するのか? それに私はお前達が思ってるような慈悲深い神ではないぞ。人間同士のいざこざの中から山下沙奈だけを救うとか、この私がするとでも思っているのか? 私の身勝手さは、お前も嫌というほど知ってるはずだが?」
そうだ。石脇佑香は既に私の恐ろしさを目の当たりにしてるのだからな。
「それは……」
言葉を詰まらせる石脇佑香に私はきっぱりと言った。慈悲はない。
「私は、私と同じ超越者共がやらかしたことについては多少の後始末もしよう。しかし人間同士の諍いについては関知せん。お前らで勝手に片付けろ」
そうだ。私は人間同士で片付けられる程度の話にはさして興味はないのだ。
「沙奈ちゃんは、今、どうしてるんです?」
私に何を言っても無駄だというのを思い知ったのであろう石脇佑香は話題を変えてきた。それに対しても、私の冷酷さは変わらない。
「警察で事情を聴かれた後、まずは病院に行って診断書を取って被害届を出して調書でもとれば、あとはまあ施設にでも行くことになるだろうな」
ただ概要だけを伝える。それでも気付いたことがあった石脇佑香が問い掛けてくる。
「母親を訴えるんですよね? そしたら誰が沙奈ちゃんの傍についててくれるんです?」
そう、山下沙奈は今は一人だ。冷静に状況を考えれば当然気付くことだが、意外と見落としがちではあるよな。だが、私は答えた。
「私が逐一入れ知恵してるから心配要らん」
その言葉に、石脇佑香がハッとなる気配があった。
「入れ知恵?」
呟くように問うてきたそれに、私は答える。
「山下沙奈の意識に直接話しかけてるんだ。まあ本人にしてみれば私が傍にいるのと変わらんな」
すると石脇佑香は言った。
「…? 人間同士の諍いについては関知しないんじゃ…?」
それまでの苦し気な問い掛けとは、少し雰囲気が違っていた。
「何だと?」
ぎろりと石脇佑香を睨み付ける。余計なことを気にするとか、何のつもりだ?
「いえ、何でもありません…」
そう言って黙った石脇佑香の表情が多少穏やかになってたことは私も気付いたが、それ以上とやかく言わんのなら不問に付してやる。私がいくら人間に都合のいいことをしてるように見えようが、それは一時的な気まぐれにすぎん。余計なことをするとまた気が変わるぞ。気を付けるんだな。
と、その時、正面突き当りの自然科学部部室の前に、人影が現れた。部長の代田真登美だった。部活は終わってる筈だが、忘れ物でも取りに来たのかも知れん。思えばあいつも、根は真面目な奴なのだ。オカルトにはまってはいても、本人は誰かの役に立とうとして真面目にオカルトを追及しているのだった。透視にしても、あいつのそういう気持ちから行われてることなのは事実だ。
私と代田真登美とは、同じ小学校だった。しかしその頃はさほど接点もなかったし、他でもない代田真登美本人が当時はそれほどオカルトに傾倒していたという話も聞いてなかった。なにしろ、当時は私の方がオカルトという意味ではちょっとした有名人だったにも拘わらず、一切接触してこようとしなかったくらいだからな。
それが、私が中学に進学し、入学式を終えたその日に自然科学部への入部を打診してきたのだ。
「月城こよみさんね。お願い、自然科学部に入ってくれないかな」
その頃の自然科学部は、部員のほぼすべてを占めていた前の三年生が卒業してしまい、部員は代田真登美と玖島楓恋の二人を除けば新三年生が一人いるだけになってしまっていたのである。しかもその三年生も名前が登録されているだけの典型的な幽霊部員であり、部員数が最低五人の規定を大きく下回る状態になった為に、クラブとしての登録を抹消されかねない状況であった。そこで代田真登美と玖島楓恋は懸命に部員の勧誘を行い、小学校でそれなりに有名だった私にも声をかけてきたという訳だ。
その甲斐あって、私(月城こよみ)、石脇佑香、肥土透ら三人の新一年生が入部することになり、消滅の危機を逃れたということである。その後、今年になって二年の貴志騨一成と一年の山下沙奈が加わったことで部員は七人となったのだった。そう、代田真登美が透視した<七人の部員>というのはその時の話である。
しかし、そのうちの石脇佑香は鏡にデータとして焼き付けられ、今回、山下沙奈がこのようになったことで、部員が五人になってしまう可能性が出てきたということだ。五人ならまだ大丈夫だが、唯一の一年生である山下沙奈が抜けてしまっては少なくない痛手だろう。今日のところは学校側には単に家庭の事情による欠席となっている筈だが、今後戻ってこられるかは山下沙奈次第か。代田真登美にとっては厳しい状況になるな。
用事が済んだのか部室の鍵を閉めようとしている代田真登美の姿を見ながら、私はそんなことを考えていたのだった。
山下沙奈の件が一段落し保健室でひと眠りした後、私はやはり石脇佑香の鏡の前にいた。その石脇佑香の質問に、私は事実だけを簡潔に答える。
「どうもこうも、見ての通りだ。化物にとり憑かれて襲い掛かってきた。それだけだ」
そうとしか言いようがないからな。だが石脇佑香はなお訊いてくる。
「何があったんです…? 沙奈ちゃんの噂のことと、関係あるんですか?」
噂という言葉を使ったその質問には、
「噂…?」
と敢えて分からないふりをした。すると言いにくそうに石脇佑香が言う。
「その…沙奈ちゃんが援助交際してるっていうあれですよ…」
分かってはいたが、回りくどい質問に答えてやる義理はないからな。質問は単刀直入に言え。
「そのことか。結論から言おう。山下沙奈は売春をしていた。それは事実だ。ただし、正確には『やらされていた』だがな」
その私の言葉に、石脇佑香の気配が変わる。
「やらされてって…誰に!?」
「母親だ」
一切オブラートに包まない私の答えに、言葉が詰まるのが伝わってくる。それでも石脇佑香は何とか口を開いた。
「…そんな…酷い…」
ようやくそれだけが私の耳に届いてくる。まあ、中学生には重すぎる話だろう。しかし私は躊躇しない。
「その辺の詳しい事情は、機会があれば本人から聞け。私も概要しか知らん。私が知ってるのは、山下沙奈が性的虐待に耐え切れなくなり、三人の人間を殺害したということだけだ」
山下沙奈の過去については私はさして興味はない。私の興味は山下沙奈に憑いた化生のことだけだったからな。
「三人も…?」
さらに絞り出すようにしてそれだけを口にした石脇佑香に淡々と答える。
「母親と、母親の内縁の夫と、客だ」
もう、それ以上は言葉にできないようだった。
「……」
しばらくの沈黙の後、私は静かに言った。
「まあそれは私が巻き戻して、<なかったこと>にしたがな」
その私の言葉に、石脇佑香が再びすがりつくように言葉を発した。
「そうなんですか」
それでも私の返答は冷淡だった。
「ただし、その代わりに母親らの罪は白日の下に晒された。早ければ今日中にも逮捕されるかもな」
また、事実だけを述べる。しかしそれに石脇佑香は気付いたことがあったようだった。
「それって、もしかして沙奈ちゃんが何をされたかバレるっていうことですか…?」
恐る恐るという感じで尋ねてきたそれに、簡潔に答える。
「当然だな」
あくまで冷徹な私の言葉に、石脇佑香が動揺する。
「そんな…他に方法はなかったんですか?」
懇願するようなその問いかけにも、私は一切、情を見せることはない。
「方法? うやむやにするだけなら何とでもできるが、それで本当に問題が解決するのか? それに私はお前達が思ってるような慈悲深い神ではないぞ。人間同士のいざこざの中から山下沙奈だけを救うとか、この私がするとでも思っているのか? 私の身勝手さは、お前も嫌というほど知ってるはずだが?」
そうだ。石脇佑香は既に私の恐ろしさを目の当たりにしてるのだからな。
「それは……」
言葉を詰まらせる石脇佑香に私はきっぱりと言った。慈悲はない。
「私は、私と同じ超越者共がやらかしたことについては多少の後始末もしよう。しかし人間同士の諍いについては関知せん。お前らで勝手に片付けろ」
そうだ。私は人間同士で片付けられる程度の話にはさして興味はないのだ。
「沙奈ちゃんは、今、どうしてるんです?」
私に何を言っても無駄だというのを思い知ったのであろう石脇佑香は話題を変えてきた。それに対しても、私の冷酷さは変わらない。
「警察で事情を聴かれた後、まずは病院に行って診断書を取って被害届を出して調書でもとれば、あとはまあ施設にでも行くことになるだろうな」
ただ概要だけを伝える。それでも気付いたことがあった石脇佑香が問い掛けてくる。
「母親を訴えるんですよね? そしたら誰が沙奈ちゃんの傍についててくれるんです?」
そう、山下沙奈は今は一人だ。冷静に状況を考えれば当然気付くことだが、意外と見落としがちではあるよな。だが、私は答えた。
「私が逐一入れ知恵してるから心配要らん」
その言葉に、石脇佑香がハッとなる気配があった。
「入れ知恵?」
呟くように問うてきたそれに、私は答える。
「山下沙奈の意識に直接話しかけてるんだ。まあ本人にしてみれば私が傍にいるのと変わらんな」
すると石脇佑香は言った。
「…? 人間同士の諍いについては関知しないんじゃ…?」
それまでの苦し気な問い掛けとは、少し雰囲気が違っていた。
「何だと?」
ぎろりと石脇佑香を睨み付ける。余計なことを気にするとか、何のつもりだ?
「いえ、何でもありません…」
そう言って黙った石脇佑香の表情が多少穏やかになってたことは私も気付いたが、それ以上とやかく言わんのなら不問に付してやる。私がいくら人間に都合のいいことをしてるように見えようが、それは一時的な気まぐれにすぎん。余計なことをするとまた気が変わるぞ。気を付けるんだな。
と、その時、正面突き当りの自然科学部部室の前に、人影が現れた。部長の代田真登美だった。部活は終わってる筈だが、忘れ物でも取りに来たのかも知れん。思えばあいつも、根は真面目な奴なのだ。オカルトにはまってはいても、本人は誰かの役に立とうとして真面目にオカルトを追及しているのだった。透視にしても、あいつのそういう気持ちから行われてることなのは事実だ。
私と代田真登美とは、同じ小学校だった。しかしその頃はさほど接点もなかったし、他でもない代田真登美本人が当時はそれほどオカルトに傾倒していたという話も聞いてなかった。なにしろ、当時は私の方がオカルトという意味ではちょっとした有名人だったにも拘わらず、一切接触してこようとしなかったくらいだからな。
それが、私が中学に進学し、入学式を終えたその日に自然科学部への入部を打診してきたのだ。
「月城こよみさんね。お願い、自然科学部に入ってくれないかな」
その頃の自然科学部は、部員のほぼすべてを占めていた前の三年生が卒業してしまい、部員は代田真登美と玖島楓恋の二人を除けば新三年生が一人いるだけになってしまっていたのである。しかもその三年生も名前が登録されているだけの典型的な幽霊部員であり、部員数が最低五人の規定を大きく下回る状態になった為に、クラブとしての登録を抹消されかねない状況であった。そこで代田真登美と玖島楓恋は懸命に部員の勧誘を行い、小学校でそれなりに有名だった私にも声をかけてきたという訳だ。
その甲斐あって、私(月城こよみ)、石脇佑香、肥土透ら三人の新一年生が入部することになり、消滅の危機を逃れたということである。その後、今年になって二年の貴志騨一成と一年の山下沙奈が加わったことで部員は七人となったのだった。そう、代田真登美が透視した<七人の部員>というのはその時の話である。
しかし、そのうちの石脇佑香は鏡にデータとして焼き付けられ、今回、山下沙奈がこのようになったことで、部員が五人になってしまう可能性が出てきたということだ。五人ならまだ大丈夫だが、唯一の一年生である山下沙奈が抜けてしまっては少なくない痛手だろう。今日のところは学校側には単に家庭の事情による欠席となっている筈だが、今後戻ってこられるかは山下沙奈次第か。代田真登美にとっては厳しい状況になるな。
用事が済んだのか部室の鍵を閉めようとしている代田真登美の姿を見ながら、私はそんなことを考えていたのだった。
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