JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

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翌朝、ホテルからハイヤーに乗り学校に向かう途中、私は様々な思考を巡らせていた。

それというのも、時間が経つにつれ、私は、自分がクォ=ヨ=ムイである必要は無いのではないかという気持ちに囚われ始めていたのだ。クォ=ヨ=ムイとしての役目はもう一人の私がやれば済むことであり、私はただ月城こよみとして生きていればいいのではないのか? そもそも、私が形作られた理由は、もう一人の私が鏡にデータとして焼き付けられてる間、月城こよみがいなくてはいろいろ厄介だというものであり、クォ=ヨ=ムイがもう一人いる必要は無かった筈なのだと考えてしまったのである。

とは言え、冷静に考えれば必ずしもそうでないのは分かる。警備システムが作動中の学校からの帰宅、たまたま出会った変質者の対処、冷蔵庫に入れていた生肉の塊の始末、祖母への対応、両親が失踪した件の対処等々はやはり月城こよみには無理だし、さらには綺勝平法源きしょうだいらほうげんが目を付けたのは私であり、奴は私の方を狙ってくるだろう。警察への対応も私がするしかない。そういう諸々をもう一人の私に任せてもいいのだが、たぶん、私の性格からして『知らん。お前がやれ』と言ってくるのは目に見えていた。ましてや月城こよみとして生きたいから後はお任せなどと、あれが承服する筈がないし私だってしない。

となればこちらの面倒をさっさと片付けて、後はもう一人の私に任せてしまおう。昼間は保健室でサボって夜はおしゃべりしてるだけなのだから、それくらいやってもらってもバチは当たらんだろう。

…って、私がバチを当てる側なんだがな。人間が言うところの神だし。

実は、私に盾突いたばちを当てるべく昨夜のうちにホテルの奴の部屋を一応覗いてみたのだが既にもぬけの殻で、ネットで調べた綺真神きまみ教の施設にも行ってみたもののそこにいたのは信者らしきただの人間ばかりで綺勝平法源はおろかグェチェハウ一匹の気配すら無かったのである。

頭さえ潰せば信者など所詮は烏合の衆に過ぎんから相手をする必要もない。ましてやこいつらは綺勝平法源の言霊で操られてるだけだろうから、その影響が無くなれば正気に戻るだけの筈だ。信者だった期間中に家族や仕事や居場所を失ったりしてるかも知れんがそんなものは私の関知するところではない。

まあそれはどうでもいいのだが、肝心の綺勝平法源はどこに行ったのか。準備不足だとか言っていたから、その準備をしているところなのか。となればやはり奴の方から現れるのを待つしかないということか。準備不足だと言うのならなおのこと今のうちに潰しておきたかったのだがな。まあいい。

ホテルに戻った時にはまだ祖母は寝ていて、結局、朝方までそのままだった。

「いやだ、またソファーで寝てたのね。私も疲れてるのかしら」

などと若干慌てたものの薬を盛られたことなどまったく気付く様子もなく風呂に入ったりしていた。私はその時にはベッドで寝ていたが、やはりグェチェハウが部屋のどこかに潜んでいるのではないかという疑念が抜けず殆ど熟睡できなかった。

朝食はルームサービスを頼みサンドイッチにし、早々に支度を済ませてホテルを出た。ショ=エルミナーレが起こした衝撃波による被害の片付けはほぼ終わっているらしく昨日ほどの渋滞ではなかったが、逆に復旧に向けての作業があちこちで始まっており、それによる渋滞はやはり生じていた。

昨日よりは早く学校に着いたものの、<ハイヤーに乗って登校してくる事件の渦中の生徒>ともなれば悪目立ちは避けられない。ハイヤーが着いた時点で注目を集め、中から私が姿を現すと、笑いを浮かべる者、ひそひそと話をする者、スマホで写真を撮る者までいた。マスコミが少し離れたところからカメラを構えている。だが私はこのくらいは平気だ。

マスコミが近付いてこないようにする為であろう、校門外に何人も配置された教師の、腫れ物に触るような態度も別に気にならんし、教室に入った時の疎外感もどうということはない。机の中には今日はゴミではなく雑巾が入れられていたが、それもきれいに本来あるべき場所に戻しておいた。

ただ今日は、また更に教師の様子がおかしかった。私の両親の件は何の進展もないことからどうということも無い筈だが、廊下の隅で何やら小声で会話している教師の声を拾うと、私の他にも事件の渦中にいる生徒がいるようだというのが分かった。校門にいたマスコミは私の為だけでなく、その生徒の件についての取材も兼ねているようだ。

「今度は1年6組の山下だと。どうしてうちの学校ばかり…」

「まったくだ…」

そうこぼす教師の愚痴からは、生徒に対する情は微塵も感じられなかった。

それにしても、1年6組の山下と言えば、確か自然科学部の部員の山下沙奈やましたさなのことじゃなかったか? 無造作に伸ばした髪が有名ホラー映画の怨霊のを想起させることから<サナコ>とあだ名されている。そちらも何か事件に巻き込まれたということか。

ふと思い立ち、空中を飛び交うテレビ電波を捉えてテレビを見る。この時間なら朝の情報番組がやっている筈だ。と思ったら、まさにそれと思しきニュースを紹介しているところだった。

それによると、都内の公立中学校に通う十三歳の少女が、母親及び母親と内縁関係にある男から日常的に虐待を受けていたということで、その二人が逮捕されたという話だった。しかも、内縁の夫の友人も共謀し虐待を加えていたとして逮捕されたそうだ。その少女が通っていた学校が映し出されると、モザイクこそ掛けられてはいたが、知ってる人間ならすぐに分かる程度のモザイクだった。間違いなくこの学校だ。なるほどこれだな。

しかし私はその時、違和感を感じていた。それというのも、サナコとあだ名されるそいつは、そんな虐待を甘んじて受けるようには見えなかったからだ。ただの人間からすれば、いつも怯えたような様子で前髪越しに見詰めてくるいかにも大人しい感じの子供に見えるだろうが、私はそうじゃないことを知っていた。

部室に連れてこられて初めて会った時には私もクォ=ヨ=ムイとしては目覚めていなかったからよく分からなかったのだが、その当時から違和感は感じていたのだ。だが、クォ=ヨ=ムイとして覚醒してからの私にはバレバレだった。サナコは、山下沙奈は、人間にとっては飛び切り悪質なものに憑依されていたのだ。殺戮を何より好む化物にな。

それが、虐待など甘んじて受けるか? 

どうも合点がいかない。しかも、MCやコメンテーターの話しぶりからするとただの虐待ではなく、性的虐待があったと匂わせる内容だ。その辺は、私がクォ=ヨ=ムイとして目覚めた後に会った時に、山下沙奈の体から男の精や唾液に臭いがプンプンしていたのを感じ取っていたから事実なのだろう。しかしニュースでは、本人が警察に駆け込んだことによって事件が発覚したとのことだった。もしや、自分の中の化物が抑えきれなくなりそうだったことから、それを避ける為に事件を表沙汰にしたのだろうか。まあそう考えれば、山下沙奈本人は非常に臆病で他人への攻撃性も殆ど持たない内罰的な人間だったから、有り得ないことでもないのか。

それにしても、私の件に加えて山下沙奈までそんなことになったとなれば、教師が愚痴りたくなるのも当然か。マスコミの恰好のネタになるからな。

山下沙奈がそのような化物に憑依されたのも、私が覚醒する前だったとはいえ、もしかしたら偶然ではないかも知れん。今後、私に絡んでくる可能性も無いとは言えんが、先にこうして騒ぎになれば転校とかもあり得るだろう。空振りに終わったのだとしたら私としては手間が省けてありがたいのは正直なところだな。

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