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月城こよみの章
Clue
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それにしても、単綺真神教ねぇ……
あのアパートの住人の失踪の原因にこいつらが関わっているのは、十中八九間違いないだろうと感じた。私が巻き込まれたのは極めて偶発的な出来事だが、週刊誌としては恐らく先にこいつらのことを調べていたのだろう。そこに私が絡んできたことで話題性を上げられると踏んだに違いない。女子中学生がしでかした狂気の事件としてな。
いやはや。どいつもこいつもロクでもないことこの上ない。
だが、それはそれとして、私は正直言って驚いていた。まさか、可能性の一つとしては無いわけじゃないというだけだった人間による犯罪だったとは、恐れ入る。意外と人間も侮れんものだ。
となれば警察ももう既に内偵に入ってる可能性もあるのか。週刊誌が感付いてるくらいなのだから十分あり得るな。そうなるとあまり深く関わっても面倒なことになるだけかも知れんし、これはむしろあの刑事が来た時にでも『こういうことがあった』と言っておいた方がいいか。
そう思いながら出された紅茶を一口含んだ瞬間の違和感に、私の疑念は確信へと変わった。しかも、私が紅茶を飲むのを見た綺勝平法源の目によぎった光が尋常ではないことを私は見逃さなかった。しかし祖母は既に何度もその紅茶を口にしていた。
「それでは、また何かありましたらお知らせします」
携帯番号を教えた祖母に綺勝平法源が言う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
ペコペコと頭を下げる祖母に、私は呆れていた。やれやれ、完全に言いなりだな。困ったものだ。その後は取り敢えず私達の部屋に戻ったが、それから五分もしないうちに祖母が寝てしまったのだった。
『やはり薬か…』
睡眠導入剤か何かだな。まあいいだろう。奴らの出し物が何か確認させてもらうとするか。そう思い、祖母と同じように薬で昏睡したように装う。すると、しばらくして部屋の鍵が明けられる気配がした。
このホテルの部屋は、従来のカギとカードキーのどちらでも鍵の開け閉めが出来るタイプだった。それで察しがついた。祖母の鞄の横に置かれた紙袋の中にはカードキーのICタグの情報を読み取る機械でも忍ばせてあったのあろう。それでカードキーを複製したに違いない。祖母が信頼していたホテルではあったが、残念ながらセキュリティには大きな穴があったようだ。
ドアが開けられ、男が入ってきた。私は昏睡したように装ってはいるが、見ることはできる。綺勝平法源だった。一人だ。ソファーで寝込んでいる祖母と私を見るなり、吐き気を催すほどに下衆な笑みを浮かべるのが分かった。あまりと言えばあまりにも分かりやすい狙いだ。私の体目当て以外の何ものでもない。
結局この程度かと興醒めした私は起き上がって『何の用ですか』と問い質してやろうと思ったが、その時、 綺勝平法源の後に部屋に何かが入ってきた気配に自分が困惑するのを感じたのだった。そう、何かが入ってきたのだが、その<何か>が分からない。明らかに人間でないことは分かった。しかしそれ以外の獣だろうが何だろうが、例えロボットのような機械でも私には分かる筈にも拘らず、何かが分からないのだ。
だが、その、『私にも何かが分からない』という事実そのものが、ある確信を与えた。
インビジブル・ストーカー。そう、グェチェハウだ。この感覚、グェチェハウに間違いない。間違いないのだが、合点がいかなかった。何故こいつがグェチェハウなど従えてる? 綺勝平法源は確かにただの人間の筈だ。そいつがどうやって? しかも一匹二匹ではない。少なくとも五匹以上は連れている。一体何事が起っている?
それを確認する為に私は、起き上がるのをやめて敢えて成り行きに任せることにした。
綺勝平法源は私の傍まで来るとそこで膝をつき、眠っている私の顔を覗き込んだ。息がかかるほどに近い。いや、実際に息がかかっている。月城こよみの肉体が、それに対して強い生理的嫌悪感を覚える。全身の毛穴が開く感覚があり、異様な汗が滲むのが分かる。
「なんだ。寝たふりをしてたのか。私が来るのを期待してたのかな?」
体の方が勝手にそう反応してしまうから寝たふりだったことが気付かれるのは仕方ないが、耳元でそう囁かれ息を吹きかけられてはさすがに我慢がならなかった。
「いい加減にしろ! このド変態の腐れチンポが!!」
私の体は反射的に跳ね上がり、間合いを取って身構える。
綺勝平法源はその私を見て、ニタニタと吐き気を催す笑みを浮かべつつ言った。
「なるほど、お前が、神がおっしゃった<悪魔>か。可愛い顔をしてとんだ淫売だな」
なん…だと…?
「貴様…私のことを知っている?」
そう問い掛けながらも、私はこれでピンと来ていた。ようやく尻尾ぐらいは見えてきたということか。その私の直感に応えるように綺勝平法源が言う。
「そう。私はお前のことを知っている。何故ならば、神が私にお前を滅ぼすようにお命じになったのだからな」
やはりか。最近私にちょっかいを掛けてきている奴と繋がりがある可能性が高そうだ。
「お前のその神とやらの話、少し聞かせてもらおうか」
見えざる敵が近くまで来た予感に私の口角が吊り上がり、邪悪な笑みを形作る。しかし綺勝平法源はそんな私の姿を見ても動じることなく吐き捨てるように言った。
「我が神に対する不敬、許せんな。お前の体は惜しいが止むを得ん。使徒共の贄となるがいい」
使徒? グェチェハウ共のことか。これが使徒とは、笑わせてくれる。
その瞬間、私の体を無数の巨大な見えない串が貫いた。体のあらゆる部位から血が噴き出し、おぞましい穴だらけの肉の塊と化した私の体が中空に掲げられる。だが、何度やっても無駄だ。私にこんな攻撃は通じない。
体をひねって串をへし折り、同時にそれらを食う。一秒もかからずに服も含めて私の姿は元通りとなった。
「素晴らしい。それが悪魔の力か!」
綺勝平法源は、拍手をせんばかりにそう言って感心していた。だがそのすぐ後で、残念そうに首を振る。
「どうやら私はお前を見くびっていたようだ。お前の相手をするには今の私では荷が重いのは事実だろう。今回は挨拶代わりということで、そろそろお暇することにしよう」
綺勝平法源がそう言うのと同時に、窓が開け放たれる。そして綺勝平法源の体が宙に浮き、流れるように窓の外へと移動する。と、人間の目にはそう見えただろうが、何のことは無い。奴はグェチェハウの上に乗り、グェチェハウが奴を運んだだけだ。トリックと言うのもおこがましい。陳腐な手品ごっこに過ぎん。
ベランダの外、空中に立っているように見える綺勝平法源の体が、足の方から次第に消えていく。
「今回は私としても君がそうだと確信が持てなかったから準備不足だったが、次こそは君を滅ぼしてみせよう。ではまた、近いうちに…」
そして綺勝平法源は完全に消え去ってしまったのだった。恐らくグェチェハウの体に潜ったのだ。グェチェハウの体の半分は口であり、その中に隠れれば姿はおろか全ての気配が消えてしまう。普通の人間が真似をすればそのまま食われてしまうが、奴はどうやらグェチェハウを完全に支配下に置いてるようだ。
これが、グェチェハウの厄介なところだった。以前にも苦も無く撃退できたように、グェチェハウそのものの戦闘力はさほど高くない。単純な刺突攻撃しか持たず射程距離もさほど長くなく、姿を消すことでしか身を守る術もない下賤の輩など、私の敵にはなりえない。しかしその反面、逃げ隠れすることに徹すれば私ですら捉えきることができなくなる。対象と距離を取り姿を隠し遠巻きに付きまとうとなれば、これほど面倒な奴もいない。インビジブル・ストーカーと呼ばれる所以である。
捕らえられなかったのは残念だが、綺勝平法源自身も言ってたようにまた私の前に現れるだろう。その時こそ話を聞かせてもらうだけだな。
あのアパートの住人の失踪の原因にこいつらが関わっているのは、十中八九間違いないだろうと感じた。私が巻き込まれたのは極めて偶発的な出来事だが、週刊誌としては恐らく先にこいつらのことを調べていたのだろう。そこに私が絡んできたことで話題性を上げられると踏んだに違いない。女子中学生がしでかした狂気の事件としてな。
いやはや。どいつもこいつもロクでもないことこの上ない。
だが、それはそれとして、私は正直言って驚いていた。まさか、可能性の一つとしては無いわけじゃないというだけだった人間による犯罪だったとは、恐れ入る。意外と人間も侮れんものだ。
となれば警察ももう既に内偵に入ってる可能性もあるのか。週刊誌が感付いてるくらいなのだから十分あり得るな。そうなるとあまり深く関わっても面倒なことになるだけかも知れんし、これはむしろあの刑事が来た時にでも『こういうことがあった』と言っておいた方がいいか。
そう思いながら出された紅茶を一口含んだ瞬間の違和感に、私の疑念は確信へと変わった。しかも、私が紅茶を飲むのを見た綺勝平法源の目によぎった光が尋常ではないことを私は見逃さなかった。しかし祖母は既に何度もその紅茶を口にしていた。
「それでは、また何かありましたらお知らせします」
携帯番号を教えた祖母に綺勝平法源が言う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
ペコペコと頭を下げる祖母に、私は呆れていた。やれやれ、完全に言いなりだな。困ったものだ。その後は取り敢えず私達の部屋に戻ったが、それから五分もしないうちに祖母が寝てしまったのだった。
『やはり薬か…』
睡眠導入剤か何かだな。まあいいだろう。奴らの出し物が何か確認させてもらうとするか。そう思い、祖母と同じように薬で昏睡したように装う。すると、しばらくして部屋の鍵が明けられる気配がした。
このホテルの部屋は、従来のカギとカードキーのどちらでも鍵の開け閉めが出来るタイプだった。それで察しがついた。祖母の鞄の横に置かれた紙袋の中にはカードキーのICタグの情報を読み取る機械でも忍ばせてあったのあろう。それでカードキーを複製したに違いない。祖母が信頼していたホテルではあったが、残念ながらセキュリティには大きな穴があったようだ。
ドアが開けられ、男が入ってきた。私は昏睡したように装ってはいるが、見ることはできる。綺勝平法源だった。一人だ。ソファーで寝込んでいる祖母と私を見るなり、吐き気を催すほどに下衆な笑みを浮かべるのが分かった。あまりと言えばあまりにも分かりやすい狙いだ。私の体目当て以外の何ものでもない。
結局この程度かと興醒めした私は起き上がって『何の用ですか』と問い質してやろうと思ったが、その時、 綺勝平法源の後に部屋に何かが入ってきた気配に自分が困惑するのを感じたのだった。そう、何かが入ってきたのだが、その<何か>が分からない。明らかに人間でないことは分かった。しかしそれ以外の獣だろうが何だろうが、例えロボットのような機械でも私には分かる筈にも拘らず、何かが分からないのだ。
だが、その、『私にも何かが分からない』という事実そのものが、ある確信を与えた。
インビジブル・ストーカー。そう、グェチェハウだ。この感覚、グェチェハウに間違いない。間違いないのだが、合点がいかなかった。何故こいつがグェチェハウなど従えてる? 綺勝平法源は確かにただの人間の筈だ。そいつがどうやって? しかも一匹二匹ではない。少なくとも五匹以上は連れている。一体何事が起っている?
それを確認する為に私は、起き上がるのをやめて敢えて成り行きに任せることにした。
綺勝平法源は私の傍まで来るとそこで膝をつき、眠っている私の顔を覗き込んだ。息がかかるほどに近い。いや、実際に息がかかっている。月城こよみの肉体が、それに対して強い生理的嫌悪感を覚える。全身の毛穴が開く感覚があり、異様な汗が滲むのが分かる。
「なんだ。寝たふりをしてたのか。私が来るのを期待してたのかな?」
体の方が勝手にそう反応してしまうから寝たふりだったことが気付かれるのは仕方ないが、耳元でそう囁かれ息を吹きかけられてはさすがに我慢がならなかった。
「いい加減にしろ! このド変態の腐れチンポが!!」
私の体は反射的に跳ね上がり、間合いを取って身構える。
綺勝平法源はその私を見て、ニタニタと吐き気を催す笑みを浮かべつつ言った。
「なるほど、お前が、神がおっしゃった<悪魔>か。可愛い顔をしてとんだ淫売だな」
なん…だと…?
「貴様…私のことを知っている?」
そう問い掛けながらも、私はこれでピンと来ていた。ようやく尻尾ぐらいは見えてきたということか。その私の直感に応えるように綺勝平法源が言う。
「そう。私はお前のことを知っている。何故ならば、神が私にお前を滅ぼすようにお命じになったのだからな」
やはりか。最近私にちょっかいを掛けてきている奴と繋がりがある可能性が高そうだ。
「お前のその神とやらの話、少し聞かせてもらおうか」
見えざる敵が近くまで来た予感に私の口角が吊り上がり、邪悪な笑みを形作る。しかし綺勝平法源はそんな私の姿を見ても動じることなく吐き捨てるように言った。
「我が神に対する不敬、許せんな。お前の体は惜しいが止むを得ん。使徒共の贄となるがいい」
使徒? グェチェハウ共のことか。これが使徒とは、笑わせてくれる。
その瞬間、私の体を無数の巨大な見えない串が貫いた。体のあらゆる部位から血が噴き出し、おぞましい穴だらけの肉の塊と化した私の体が中空に掲げられる。だが、何度やっても無駄だ。私にこんな攻撃は通じない。
体をひねって串をへし折り、同時にそれらを食う。一秒もかからずに服も含めて私の姿は元通りとなった。
「素晴らしい。それが悪魔の力か!」
綺勝平法源は、拍手をせんばかりにそう言って感心していた。だがそのすぐ後で、残念そうに首を振る。
「どうやら私はお前を見くびっていたようだ。お前の相手をするには今の私では荷が重いのは事実だろう。今回は挨拶代わりということで、そろそろお暇することにしよう」
綺勝平法源がそう言うのと同時に、窓が開け放たれる。そして綺勝平法源の体が宙に浮き、流れるように窓の外へと移動する。と、人間の目にはそう見えただろうが、何のことは無い。奴はグェチェハウの上に乗り、グェチェハウが奴を運んだだけだ。トリックと言うのもおこがましい。陳腐な手品ごっこに過ぎん。
ベランダの外、空中に立っているように見える綺勝平法源の体が、足の方から次第に消えていく。
「今回は私としても君がそうだと確信が持てなかったから準備不足だったが、次こそは君を滅ぼしてみせよう。ではまた、近いうちに…」
そして綺勝平法源は完全に消え去ってしまったのだった。恐らくグェチェハウの体に潜ったのだ。グェチェハウの体の半分は口であり、その中に隠れれば姿はおろか全ての気配が消えてしまう。普通の人間が真似をすればそのまま食われてしまうが、奴はどうやらグェチェハウを完全に支配下に置いてるようだ。
これが、グェチェハウの厄介なところだった。以前にも苦も無く撃退できたように、グェチェハウそのものの戦闘力はさほど高くない。単純な刺突攻撃しか持たず射程距離もさほど長くなく、姿を消すことでしか身を守る術もない下賤の輩など、私の敵にはなりえない。しかしその反面、逃げ隠れすることに徹すれば私ですら捉えきることができなくなる。対象と距離を取り姿を隠し遠巻きに付きまとうとなれば、これほど面倒な奴もいない。インビジブル・ストーカーと呼ばれる所以である。
捕らえられなかったのは残念だが、綺勝平法源自身も言ってたようにまた私の前に現れるだろう。その時こそ話を聞かせてもらうだけだな。
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