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月城こよみの章
Disaster
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「お前、歳は…?」
名前に続いて訊いてみた。すると、意外過ぎる答えが返ってきたのだった。
「六(億)歳…」
私は一瞬、耳を疑った。戦闘のダメージで肉体がおかしくなっているのかと思った。だからつい、訊き返してしまった。
「六(億)歳だと!?」
六億歳など、私のような存在からしたらまだ本当に子供じゃないか。私でも概算で五百億だぞ。それであの戦闘力か? 恐ろしい奴だ。
苦戦させられたことは良い気分ではなかったが、ショ=エルミナーレと名乗ったこいつの力については素直に敬意を払いたいと思った。そして言った。
「私がお前に勝てたのは、運が良かっただけだな。お前は強い。それは認めよう」
それは私の本心だった。本気でそう思ったのだ。だが、その瞬間、私はガツンという衝撃を顔面に感じたのだった。
「…っっ!?」
それが、ショ=エルミナーレによる頭突きであることに気付くのには時間は掛からなかった。
「…っ、く…!?」
思わずひるんだ私の手から逃れ、そいつは私と正対して仁王立ちになった。そして私を指さして吠えた。
「そう! 私は強い! だけどお前は全然強くない。ズルいだけ!」
図星だった。そうだ。私はこいつに完全に負けていた。それを、ケニャルデルにやられたばかりのこと思い出して真似をしただけだ。戦闘力とは全く関係のない方法で、しかもたまたま自分がやられた所為で思い付いただけという、運以外の何ものでもなかった。ケニャルデルのことがなければ思い付いていなかったかも知れない。だが、それはそうなのだが、こいつの言い方が気に入らない。
『何だと!? 下手に出てやれば調子に乗りおってこのガキ!!』
私は内心、そんな感じで罵っていた。だが私は耐えた。たった六億歳の子供相手にキレるほど私は幼稚ではない。そして指摘してやった。
「私の腕の中で小便まで漏らしたクセに何言ってんだ、このお子ちゃまが」
私が感情を抑えて丁寧にそう言ってやると、ショ=エルミナーレは一瞬で耳まで真っ赤になった。私がケニャルデルにやられた時のことは無かったことにした。
「セクシャルハラスメーンツ!!」
顔を真っ赤にしながら、更に一層、指を突き出してそいつは言う。いかにもな言葉を使って賢しいことを言うその態度に、さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。どういう形であろうと負けたクセにその舐めくさった態度、修正してやる!
しかし、掴みかかろうとした私の手はバシッ!と弾かれた。
「Don't Touch Me.!!!」
弾かれた拍子にバランスを崩して膝をついた私を見下しつつ、どこかで聞いたようなフレーズで何を言ってるんだこいつは!? ふざけおって、もう勘弁せんぞ!!
立ち上がって今度は両手で掴みかかろうとした私を躱し、小さな体が宙を舞った。冷静になってみれば私がそいつを捉まえられる道理はないのだ。するだけ無駄なことをついやろうとしてしまうほど、私は冷静さを欠いていた。後になって思い返せば自分でも情けない。
そして、間合いを取って着地したそいつは、私に向かって大きく、
「アカンベー!!」
をすると同時に地面を蹴って垂直に飛び上がったのだった。
それは、第三宇宙速度をも超えていた。地面はクレーターのように抉れ、突き上げるように揺れる。加速については地面を蹴った反動だけを利用した訳ではないからこの程度で済んだが、奴が通り過ぎて裂かれた大気は衝撃波となって周囲に伝播した。地震のように地面さえ振動し、半径数キロ内の建物のガラスは粉砕され、弱い建物は倒壊した。
幸いそれによって死者は出なかったが、怪我人は多数に上り、<謎の大爆発>としてしばらく世間を賑わすこととなった。強い光を放つ何かが空に昇っていくのを見たという目撃情報もあったが、結局は非常に急角度で大気に突入した隕石が空中で爆発したのだということで落ち着いた。光が空に昇っていくように見えたのは、爆発した際の光をそのように誤認しただけだということになった。
まあそれはこの後のことなので今は置くとして、目茶目茶になった公園に残された私はその場を離れ、バスローブを直してホテルの部屋に戻った。部屋の中はガラスが散乱し、大変なことになっていた。この部屋だけ戻すとかえって不審がられて面倒なことになりそうだから手を付けないことにする。
「なに? 地震…!?」
そんな風に声を上げながら騒ぎに慌てて風呂から出てくる祖母を、
「落ち着いて、お祖母ちゃん。もう大丈夫みたいだから…!」
となだめて、ガラスの飛び散っていない部屋の隅に椅子を置いて座らせた。
ホテルじゅうに警報音が鳴り響き、割れたガラスに触れないようにということと、落ち着いて行動する旨のアナウンスが流れた。
ホテルの敷地内の公園にクレーターができてたことから、後日、隕石の一部はそこに落ちたとされたが、衝突の際に完全に蒸気となって消えた為に隕石は発見されなかったという話になった。しかし、例え蒸気になったとしてもごく微量であれば検出はされるはずだ。それが検出されないにも関わらず、理解できないことを無理やりにでも理解できるようにしようとする人間の悪癖がここでも見られた。見えている事実を歪めて解釈している以上、これも科学などではない。これではオカルトと同じだ。人間が私達を理解するのはまだ数千年先になるかも知れないな。
ホテルの部屋の話に戻すと、公園に面した側の部屋のガラスはすべて粉砕されたが、反対側に面した部屋の多くはそれを免れていた。宿泊をキャンセルし被害のなかったところへと避難した客も多数いたことから辛うじて部屋が割り当てられ、そこに移動することになった。私には学校があることからあまり遠くへ避難するわけにはいかなかったからだ。
念の為、学校にいるもう一人の私と意識を同期させてみたが、学校では一部のガラスが割れたりヒビが入ったものの大きな被害はなかったようだ。ただし爆発音は届いたそうで、一晩、緊急車両のサイレンが鳴りやむことは無かったという。
移動した先の部屋で私が服をクローゼットにしまっていると祖母が、
「どうしてこんなことばかり…」
とかぼやいていたが、相手をする気にもなれず放っておいた。下手に構うと長くなるからな。年寄りの愚痴はもう要らない。
結局、奴が何者で何を目的に来たのかは分からずじまいだった。先日から起こっている諸々と関係があるのかないのかすら分からない。いや、恐らく全く無関係ではないだろう。あのような奴が何の当てもなく私の前に現れる確率など、数百億年に一回あるかどうかだ。今回のものがそれだという可能性も無いことはないが、無理に無関係だと結論付けるのも意味はない。意図されたものかどうかは別としても、少なくとも影響はあったのだろう。
奴がまた来るかどうかも分からないが、来たら面倒だなとは正直言って思った。恐らく同じ手は通用しない。私が負けるかも知れないということも問題だが、今度こそ大災害レベルの騒ぎになるかも知れない。また、私の前に現れた経緯が分かれば他に対処のしようもあるかも知れんが、事情を問いただしても素直に話してくれるとは限らんし。
ただ、奴は明らかに戦闘狂だったことから、真っ向勝負なら自分の方が強いということを知ったが故に満足してもう来ないという可能性もある。できればそうであってほしかった。私が勝てたのはズルさと運の良さだけだったことは認める。もしまた勝負して勝てたとしても、今回以上にズルいやり方になってしまうだろうから、勝てても嬉しくもなんともない。勝つにしても負けるにしてももう二度とやりあいたくない相手だった。
こんなふうに思う相手など、いつ以来だろうか? この肉体では思い出せない。
『とにかくあの生意気な面は二度と見たくない……』
と心底思ったのだった。
名前に続いて訊いてみた。すると、意外過ぎる答えが返ってきたのだった。
「六(億)歳…」
私は一瞬、耳を疑った。戦闘のダメージで肉体がおかしくなっているのかと思った。だからつい、訊き返してしまった。
「六(億)歳だと!?」
六億歳など、私のような存在からしたらまだ本当に子供じゃないか。私でも概算で五百億だぞ。それであの戦闘力か? 恐ろしい奴だ。
苦戦させられたことは良い気分ではなかったが、ショ=エルミナーレと名乗ったこいつの力については素直に敬意を払いたいと思った。そして言った。
「私がお前に勝てたのは、運が良かっただけだな。お前は強い。それは認めよう」
それは私の本心だった。本気でそう思ったのだ。だが、その瞬間、私はガツンという衝撃を顔面に感じたのだった。
「…っっ!?」
それが、ショ=エルミナーレによる頭突きであることに気付くのには時間は掛からなかった。
「…っ、く…!?」
思わずひるんだ私の手から逃れ、そいつは私と正対して仁王立ちになった。そして私を指さして吠えた。
「そう! 私は強い! だけどお前は全然強くない。ズルいだけ!」
図星だった。そうだ。私はこいつに完全に負けていた。それを、ケニャルデルにやられたばかりのこと思い出して真似をしただけだ。戦闘力とは全く関係のない方法で、しかもたまたま自分がやられた所為で思い付いただけという、運以外の何ものでもなかった。ケニャルデルのことがなければ思い付いていなかったかも知れない。だが、それはそうなのだが、こいつの言い方が気に入らない。
『何だと!? 下手に出てやれば調子に乗りおってこのガキ!!』
私は内心、そんな感じで罵っていた。だが私は耐えた。たった六億歳の子供相手にキレるほど私は幼稚ではない。そして指摘してやった。
「私の腕の中で小便まで漏らしたクセに何言ってんだ、このお子ちゃまが」
私が感情を抑えて丁寧にそう言ってやると、ショ=エルミナーレは一瞬で耳まで真っ赤になった。私がケニャルデルにやられた時のことは無かったことにした。
「セクシャルハラスメーンツ!!」
顔を真っ赤にしながら、更に一層、指を突き出してそいつは言う。いかにもな言葉を使って賢しいことを言うその態度に、さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。どういう形であろうと負けたクセにその舐めくさった態度、修正してやる!
しかし、掴みかかろうとした私の手はバシッ!と弾かれた。
「Don't Touch Me.!!!」
弾かれた拍子にバランスを崩して膝をついた私を見下しつつ、どこかで聞いたようなフレーズで何を言ってるんだこいつは!? ふざけおって、もう勘弁せんぞ!!
立ち上がって今度は両手で掴みかかろうとした私を躱し、小さな体が宙を舞った。冷静になってみれば私がそいつを捉まえられる道理はないのだ。するだけ無駄なことをついやろうとしてしまうほど、私は冷静さを欠いていた。後になって思い返せば自分でも情けない。
そして、間合いを取って着地したそいつは、私に向かって大きく、
「アカンベー!!」
をすると同時に地面を蹴って垂直に飛び上がったのだった。
それは、第三宇宙速度をも超えていた。地面はクレーターのように抉れ、突き上げるように揺れる。加速については地面を蹴った反動だけを利用した訳ではないからこの程度で済んだが、奴が通り過ぎて裂かれた大気は衝撃波となって周囲に伝播した。地震のように地面さえ振動し、半径数キロ内の建物のガラスは粉砕され、弱い建物は倒壊した。
幸いそれによって死者は出なかったが、怪我人は多数に上り、<謎の大爆発>としてしばらく世間を賑わすこととなった。強い光を放つ何かが空に昇っていくのを見たという目撃情報もあったが、結局は非常に急角度で大気に突入した隕石が空中で爆発したのだということで落ち着いた。光が空に昇っていくように見えたのは、爆発した際の光をそのように誤認しただけだということになった。
まあそれはこの後のことなので今は置くとして、目茶目茶になった公園に残された私はその場を離れ、バスローブを直してホテルの部屋に戻った。部屋の中はガラスが散乱し、大変なことになっていた。この部屋だけ戻すとかえって不審がられて面倒なことになりそうだから手を付けないことにする。
「なに? 地震…!?」
そんな風に声を上げながら騒ぎに慌てて風呂から出てくる祖母を、
「落ち着いて、お祖母ちゃん。もう大丈夫みたいだから…!」
となだめて、ガラスの飛び散っていない部屋の隅に椅子を置いて座らせた。
ホテルじゅうに警報音が鳴り響き、割れたガラスに触れないようにということと、落ち着いて行動する旨のアナウンスが流れた。
ホテルの敷地内の公園にクレーターができてたことから、後日、隕石の一部はそこに落ちたとされたが、衝突の際に完全に蒸気となって消えた為に隕石は発見されなかったという話になった。しかし、例え蒸気になったとしてもごく微量であれば検出はされるはずだ。それが検出されないにも関わらず、理解できないことを無理やりにでも理解できるようにしようとする人間の悪癖がここでも見られた。見えている事実を歪めて解釈している以上、これも科学などではない。これではオカルトと同じだ。人間が私達を理解するのはまだ数千年先になるかも知れないな。
ホテルの部屋の話に戻すと、公園に面した側の部屋のガラスはすべて粉砕されたが、反対側に面した部屋の多くはそれを免れていた。宿泊をキャンセルし被害のなかったところへと避難した客も多数いたことから辛うじて部屋が割り当てられ、そこに移動することになった。私には学校があることからあまり遠くへ避難するわけにはいかなかったからだ。
念の為、学校にいるもう一人の私と意識を同期させてみたが、学校では一部のガラスが割れたりヒビが入ったものの大きな被害はなかったようだ。ただし爆発音は届いたそうで、一晩、緊急車両のサイレンが鳴りやむことは無かったという。
移動した先の部屋で私が服をクローゼットにしまっていると祖母が、
「どうしてこんなことばかり…」
とかぼやいていたが、相手をする気にもなれず放っておいた。下手に構うと長くなるからな。年寄りの愚痴はもう要らない。
結局、奴が何者で何を目的に来たのかは分からずじまいだった。先日から起こっている諸々と関係があるのかないのかすら分からない。いや、恐らく全く無関係ではないだろう。あのような奴が何の当てもなく私の前に現れる確率など、数百億年に一回あるかどうかだ。今回のものがそれだという可能性も無いことはないが、無理に無関係だと結論付けるのも意味はない。意図されたものかどうかは別としても、少なくとも影響はあったのだろう。
奴がまた来るかどうかも分からないが、来たら面倒だなとは正直言って思った。恐らく同じ手は通用しない。私が負けるかも知れないということも問題だが、今度こそ大災害レベルの騒ぎになるかも知れない。また、私の前に現れた経緯が分かれば他に対処のしようもあるかも知れんが、事情を問いただしても素直に話してくれるとは限らんし。
ただ、奴は明らかに戦闘狂だったことから、真っ向勝負なら自分の方が強いということを知ったが故に満足してもう来ないという可能性もある。できればそうであってほしかった。私が勝てたのはズルさと運の良さだけだったことは認める。もしまた勝負して勝てたとしても、今回以上にズルいやり方になってしまうだろうから、勝てても嬉しくもなんともない。勝つにしても負けるにしてももう二度とやりあいたくない相手だった。
こんなふうに思う相手など、いつ以来だろうか? この肉体では思い出せない。
『とにかくあの生意気な面は二度と見たくない……』
と心底思ったのだった。
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