JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Battle

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「……!」

その幼女は、全く表情を変えることなく地面を蹴り、拳を私に叩きつけてきた。そこには手加減も様子見も感じられなかった。完全に私の存在そのものを消し去るつもりの一撃だった。それを受け止めた私の右手の肘から先が、まるで小さな爆弾でもぶつけられたかのように弾けて消えた。

「…く……っ!」

百分の一秒と掛からず復元はしたが、弾け飛んだ分の質量が、完全に消滅した。光となって消えたのだ。そこまで行ってしまうと巻き戻しでは逆に時間がかかってしまうので周囲の物体を組成変換して再生に充てた。

『こいつは……』

手合わせしてみて分かった。こいつは間違いなくただの戦闘狂だ。強いものと戦うことそのものが目的であり、そこに敵意も害意も殺意もない。どこまで行ってもただの自己満足の塊でしかない。だから殺意も殺気も感じなかったのだ。

『やれやれ…面倒な奴に目を付けられたな……』

そしてもう一つ分かったことがある。こいつの肉体も私と同じく紛れもない人間のそれだ。しかも本当に六歳程度の子供のものだ。憑依しているのではなく自ら再現したものだろうが、その組成も構造も完全に人間と一致する。恐らく、この地球上で私とやりあう為に自分の力を制限することを目的にそうしてるのだろう。でなければ、さっきの一撃は、こいつの本来の姿で放てば恐らく銀河系そのものが消滅していた程の威力がある。

いや、誇張ではなく本当にそうなのだ。私達は宇宙そのものを創造し、破壊することもできる存在だ。だから私達にとっては銀河系の一つや二つ、石ころのようなものでしかない。

『だが……』

これほどの力を持っているにも拘らず私の知らない奴だということは、まず間違いなく他の宇宙から来たのだと思われる。宇宙はそれぞれできる時の条件によって物理法則が全く違ってしまう。素粒子レベルで全く組成が違ってしまうのも普通のことだ。そんな別の宇宙に行くということは、物理法則そのものを完全に超越したものでなければならない。行く先々の宇宙の物理法則に自らを適応させられるには、それは最低条件だからな。こいつもその程度のことはできる奴だということだ。

『少々マズイな……』

そんなことを思う。と言うのも、このレベルになると私の方が不利かも知れないのだ。元来、私は肉弾戦を得意としている訳ではない。下賤の輩程度が相手なら全く問題なくとも、こいつ相手だと正直きつい。こいつの攻撃は威力が高すぎる。次元をずらすことで周囲に影響を及ぼさないようにしなければ、恐らく今のパンチの衝撃波だけでこの一帯に大きな被害が出ただろう。

こいつの攻撃を受け止めようとするのは駄目だ。今の私では受け止め切れずに肉体が破壊される。こいつも私と同じように人間の肉体を使っているのだから、もし私がこの肉体を維持できなくなれば、本来の私は無事でもそれは私の<負け>ということになる。そんなことは受け入れられない。

『真っ向からぶつかるのはダメだ……』

打ち合わず受け流す方向で対峙する。それでもこいつの攻撃の威力は凄まじかった。受け流すことさえ追い付かず骨を砕かれ、肉が削げ落ちる。その度に再生するものの、こちらが攻撃する暇もないのだから、これではジリ貧だ。

『くそ…っ!』

何とか攻撃の間を作ろうと僅かに防御が疎かになった瞬間、奴の右足が私の左顔面を捉えた。

「が…は…っっ!?」

凄まじい衝撃だった。一瞬で頭の中が掻き回された気がした。パンッっという感じでまるでスイカが割れるように私の頭の左半分が吹き飛ぶ。割れた頭蓋から脳が飛び出し機能が失われていく。だが辛うじて再生の方が早かった。

「く…っ!」

飛び退いて間合いを取るが、今のは危なかった。強い。真っ向勝負では私に勝ち目がないのは認めよう。ならばもう、こちらとしても、

『形振り構っていられない…か』

私にとって空間は意味を成さないことを利用し、正対しないようにした。攻撃そのものは私にも見えているから、攻撃の瞬間に位置をずらす。瞬間移動のように見えるかも知れないが、少し違う。私がいる位置そのものを<ずらす>のだ。だからどちらかと言うと、奴の方が私のいる位置を誤認して、あらぬ方向に攻撃を加えているといった方が近いだろう。

「……!」

だが奴は、それにすらすぐに対応してきた。位置を誤認していると感じたのであろう。攻撃を加えた瞬間に、私が実際に存在しているであろう位置に対しても攻撃を加えるようにしてきた。最初は見当違いな方向に攻撃を加えていたが、徐々にそれが修正されてきて掠めるようになり、そしてついに、奴の手刀が私の腹を捉えた。

「ごふっっ!!」

一撃で腹が裂かれ、内臓が溢れだす。

「が…あ、あ……!?」

さらには腸を掴まれ振り回されて、地面に叩きつけられた。頭を狙ったサッカーボールキックは寸でのところで躱し、頭皮の一部ごと髪の毛を持っていかれた程度で済み肉体も再生したが、恐ろしい戦闘センスだ。

『こいつ、とんでもないな……!』

止むを得ず今度は攻撃の威力を別の次元に転送することにした。さすがにこれは効果があった。奴の打撃の全てを無力化することに成功した。もっともその代わり、攻撃の威力を転嫁された先は大変な災害に見舞われてるかも知れないが。一応、何もない空間を選んだつもりではあったがしっかり確かめてはいなかったからな。

とは言え、威力を転送する為にそちらに力を割いている分だけ私の動きにもキレがなくなり、何とか奴の腕や脚を掴もうとするものの触れることさえできない。このままではいつまで経っても決着は着かない。千日戦争の様相を呈してきた。

『さて、どうしたものか……』

スタミナ切れを狙っても無駄だろう。こいつはこれまで全く手加減なしの攻撃を何度も繰り出してきているのにも拘らず動きが全く低下しない。体を小さく集約したことでエネルギーのロスも減り無尽蔵に動き続けることができるものと思われた。それはこちらも同じだが、いかんせんこちらの攻撃は当たらず、当たったところで威力も足りない。

『止むを得ん…か……』

こうなればもう仕方がない。形振り構わぬと言いながらこれだけはやりたくなかったが、奴の攻撃が私に当たった瞬間に、強い刺激を送り込んでやった。

「……!?」

するとそれまで全く表情を変えることなくとんでもない攻撃を繰り出してきていた奴が、初めて戸惑うような表情を見せた。私はそれを見逃さなかった。

「捕まえたぞ…! これはお礼だ、受け取れ!!」

奴が戸惑った隙を突いて体を抱きしめ、一気に手加減なく刺激を送り込んでやった。そう、私がケニャルデルにやられたのと同じことをしてやったのだ。

「ぎひーっっっ!!?」

何とも言えない悲鳴を上げながら小さな体は痙攣して口からは泡を吹き、小便が、もうほぼボロ布と化して辛うじて私の体にまとわりついてるだけのバスローブを濡らし、私の体も伝い流れ落ちた。その温かさを感じながら、私はようやく一息を吐く。

「ふう……」

白目を剥いて痙攣を続けるそいつを抱いたまま、腰が抜けるように地面に座り込んだ。いや、実際に体にもう力が入らず腰が抜けたようなものだった。

『はあ……やれやれだ……』

私の腕の中の奴を見ると、こいつはこいつで痙攣は収まったようだがぐったりとしていた。鼓動は感じられるから死んではいないし、この肉体が死んだところで本体には別に影響はないだろう。だが、完全に無力化した以上は、私の勝ちだ。まあ、私としても納得のいく勝利ではなかったが。

しばらくしてそいつは意識を取り戻した。しかし、私の顔を見るなり本当に子供の様に声を上げて「うわぁあぁぁ~」っと泣き出した。

「いやだぁ、やだぁ~っ!」

駄々っ子の様に私の顔を手で押しのけて体をのけぞらせ、足をばたつかせて逃れようとするそいつを更に抱き締め、私は一喝した。

「落ち着け! 貴様は負けたのだ! 不様な真似はするな!!」

私の声にビクッと跳ねたそいつは、数瞬、私の顔を見詰めた後、再び「わぁあああぁぁ~」と泣き出したのだった。仕方なく私は幼子をあやすようにそっと抱いて背中をトントンと軽く叩いてやった。まったく、中学生に何をやらせるんだ。

しばらく泣いて落ち着いたのか泣き止んだそいつに私は訊いた。

「お前、名前は?」

泣きはらした目で私を見詰め、鼻水やら涎やらでぐちゃぐちゃになった顔でそいつは答えた。

「…ショ=エルミナーレ……」

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