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究極の自己満足

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メルシュ博士の研究が他の研究者の追随を許さなかったのは、博士が天才でかつ人としての倫理を無視し無茶な実験や解剖を行ってきたからだというのは確かに事実だっただろう。だが一番は、<本人がリヴィアターネに来ている>というのがあったのかも知れない。

他の研究者も、中にはメルシュ博士と同じく強引にリヴィアターネに来ようとした者もいるが、最終的にはさすがに絶対封鎖線を越えた者はメルシュ博士以外にはおらず、遠隔操作で自分の代わりに実験などを行うロボットと設備を降下させただけなのだった。

それでも、常識的に考えれば十分な筈だった。皆が同じ条件であれば。しかしメルシュ博士だけはそれでは納得しなかった。自分の肉体でCLSという病を知る為に、本当に自ら地上に降下してしまったのだ。狂気の沙汰ではあるが、この違いはあまりに大きすぎた。

アリスマリアHやアリスマリアRを、上空百キロに静止衛星として固定した<アリスマリアの閃き号>内の本体から操るのでさえ僅かなタイムラグを感じるのだから、リヴィアターネの月軌道の外側に設定された絶対封鎖線の更に外側からの遠隔操作ではその差は決定的であった。自身の肉体で触れられない感じられないというのは、研究者として不可欠な<直感>の働きを大きく阻害していただろう。さりとて、常識的な感覚を持った研究者達ではメルシュ博士と同じことはできなかった。何しろ、絶対封鎖線を超えたその瞬間に法律的には死亡扱いとなり、いかなる研究を発表しようとも自身の功績にはならないのだから。

死んだ人間が何を発表しようとも、それによって生じる諸々は全て総合政府に帰属し、遺族に渡ることさえない。当然だ。遺族が相続できるのは、その人が生前に成しえたことと、そこから生じるものだけなのだから。死んでから新たに何かが生じることは有り得ない。もしそれを許してしまえば、死ぬことによって何かを生み出そうとする者や、誰かを死に追いやって利益を発生させることを認めることにもなりかねない。政府としてはそのようなことを許す訳にはいかないのだ。

普通の人間なら、せっかくの研究の成果が自分のものとして認められないことなど受け入れられるものではない。しかし、メルシュ博士にとってはそんなことすらどうでもよかった。ただただ自分の知的探究心や好奇心や欲求に忠実なだけだった。自分が知りたいと思ったことだけが重要だった。それに比べれば、社会的な地位も立場も名声も財産もどうでもよかった。自分自身の命すらも。

それを満たしてくれるのが、このリヴィアターネであったのだった。
 
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