絵里奈の独白

京衛武百十

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キッチン

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『つい夢中になっちゃいました』

そう言った玲那に「いえいえ、大丈夫です!」って山下さんが手を振って応えてた。

私は沙奈子ちゃんに向かって微笑みかける。

「じゃ、始めよっか」

「うん!」と嬉しそうに頷いてくれた彼女と一緒に、料理を始める。

他人のキッチンはさすがに勝手が分かりにくいけど、余計なものがごちゃごちゃと置かれてない分、どこに何があるのかはすぐに把握できた。

一口コンロで料理をするのは、玲那の部屋がそうだから慣れてる。ただ今回は四人分を一度に作る必要があるというだけ。だったら分量を変えるだけでできるものを作ればいい。

私と沙奈子ちゃんが準備をしてると、山下さんに話しかける玲那の声が聞こえてきた。

「実は地震があったから、あんまり浮かれたりってどうかと思ったんですけど、でもだからこそできる時にこうやって楽しい思い出を作っておくべきじゃないかって、昨夜、絵里奈と話し合ったんです」

そうだった。昨日、鳥取の方で大きな地震があったんだ。お昼の二時頃に。私達は仕事中で、女子社員の一人が「あれ?、地震?」って言い出してようやく『もしかして揺れてる?』って感じる程度だったんだけど、家に帰ってからテレビでニュースを見てけっこう大きな地震だったことを知って、こんな時に浮かれてていいのかなって思ってしまって。

『ねえ、今回は控えた方がいいのかな…?』

そんなことを言い出した私に、玲那は、山下さんに言ったのと同じことを言ってくれたんだ。

『何言ってんの。こういうこともあるからこそ、できる時に楽しい思い出を作っておくべきだと私は思うよ』

って。

それは、本当に苦しい経験をしてきた玲那だからこそ言えることかもしれない。私や香保理かほりに出逢うまでの彼女は、『楽しい』と思えることなんて殆どなかったって言う。地獄のような毎日の中で、ただ命を繋いでるだけだったって。

でも世間はそんな彼女の事情なんて分からなくて、正月だ、バレンタインデーだ、桜だ、ゴールデンウィークだ、夏休みだ、紅葉だ、クリスマスだって浮かれてて、玲那はそんな世間の様子を、ドブの底から恨めしそうに睨んでる感じで見てたりもしたそうだった。

当時の彼女なら、『大きな地震があったのに浮かれてるとかどうかしてる!』と言ったかもしれない。でも、今の彼女はそうじゃなかった。本当にその苦しさが分かる訳でもないのに分かったふりをして同情されることの方がもっと嫌だっていうのを感じるようになったんだって。

そしてその上で……。

「人生って、何があるか分からないですからね。私はそのことを、香保理に教えてもらったんだと思います」


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