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<山田絵里奈>から<山下絵里奈>へ
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『おめでとうございます』
山仁さんは、電話で、突然婚姻届けの証人になってほしいと言い出した彼に対してもいつもの感じで穏やかにそう言ってくれたそうだった。
強い雨が降り続く中を、私と彼はやや速足で山仁さんの家に向かう。沙奈子ちゃんと玲那には部屋で待っててもらうことにした。
もう、夜の八時も回ってる時間だから、普通に考えれば失礼に当たると思う。だけどこの時の私達にはそういうことを気遣うだけの余裕がなかった。
山仁さんの家のチャイムを押すと、「はーい!」と聞き覚えのある明るい声が。山仁さんの息子さんで、沙奈子ちゃんの友達の大希くんだった。
「いらっしゃい!」
こんな時間にいきなり押し掛けたのに、屈託のない笑顔で私たちを迎えてくれた。そんな様子が眩しくさえ感じる。
彼に続けて奥から現れたのが、山仁さんだった。
「この度は、おめでとうございます」
改めて丁寧に頭を下げられて、私も彼も恐縮してしまう。
「どうぞ上がってください」と勧められたけど、彼は「沙奈子を待たせてますから」とどうしても硬さの抜けない強張った声で応えた。すると山仁さんは黙って頷いて、その場で彼から受け取った婚姻届けの書類の証人欄に署名捺印してくれた。
「これで後は役所にもっていくだけですね」
山仁さんがそう言って微笑みかけてくれる。
本当はちゃんと挨拶するべきだったんだと思う。普通なら非常識なくらいのことを私達はしてた筈なんだ。なのに山仁さんは私達にそれだけの余裕がないことを察してくれたみたいだった。
なんて器の大きい人なんだろう。
結局、私達は、そんな山仁さんにすっかり甘えてしまって、ただ深々と頭を下げただけですぐに区役所へと向けて足早に出発する。
区役所の時間外受付けでそれを受け付けてもらって、事務的に処理されて、
「はい、これで受け付けは完了です。おめでとうございます」
と言われて、区役所も後にした。
こうして私は、<山田絵里奈>から<山下絵里奈>になった。
私は別に自分の苗字に拘りも思い入れもなかったし、なにより、彼と沙奈子ちゃんの苗字が変わってしまうのは避けたかったから、彼の苗字を名乗らせてもらうことにした。
「私達、結婚しちゃったんですね…」
降りしきる雨の中、彼と二人で歩きながら、なんだかちょっと気が抜けてしまった気分でポツリとそう言った。
「そうだね…」
と、彼も呟くように応えてくれた。
実感も感慨もない、すごく無味乾燥な<結婚>だった。だけど私と彼は、こうして、本当に<家族>になったのだった。
山仁さんは、電話で、突然婚姻届けの証人になってほしいと言い出した彼に対してもいつもの感じで穏やかにそう言ってくれたそうだった。
強い雨が降り続く中を、私と彼はやや速足で山仁さんの家に向かう。沙奈子ちゃんと玲那には部屋で待っててもらうことにした。
もう、夜の八時も回ってる時間だから、普通に考えれば失礼に当たると思う。だけどこの時の私達にはそういうことを気遣うだけの余裕がなかった。
山仁さんの家のチャイムを押すと、「はーい!」と聞き覚えのある明るい声が。山仁さんの息子さんで、沙奈子ちゃんの友達の大希くんだった。
「いらっしゃい!」
こんな時間にいきなり押し掛けたのに、屈託のない笑顔で私たちを迎えてくれた。そんな様子が眩しくさえ感じる。
彼に続けて奥から現れたのが、山仁さんだった。
「この度は、おめでとうございます」
改めて丁寧に頭を下げられて、私も彼も恐縮してしまう。
「どうぞ上がってください」と勧められたけど、彼は「沙奈子を待たせてますから」とどうしても硬さの抜けない強張った声で応えた。すると山仁さんは黙って頷いて、その場で彼から受け取った婚姻届けの書類の証人欄に署名捺印してくれた。
「これで後は役所にもっていくだけですね」
山仁さんがそう言って微笑みかけてくれる。
本当はちゃんと挨拶するべきだったんだと思う。普通なら非常識なくらいのことを私達はしてた筈なんだ。なのに山仁さんは私達にそれだけの余裕がないことを察してくれたみたいだった。
なんて器の大きい人なんだろう。
結局、私達は、そんな山仁さんにすっかり甘えてしまって、ただ深々と頭を下げただけですぐに区役所へと向けて足早に出発する。
区役所の時間外受付けでそれを受け付けてもらって、事務的に処理されて、
「はい、これで受け付けは完了です。おめでとうございます」
と言われて、区役所も後にした。
こうして私は、<山田絵里奈>から<山下絵里奈>になった。
私は別に自分の苗字に拘りも思い入れもなかったし、なにより、彼と沙奈子ちゃんの苗字が変わってしまうのは避けたかったから、彼の苗字を名乗らせてもらうことにした。
「私達、結婚しちゃったんですね…」
降りしきる雨の中、彼と二人で歩きながら、なんだかちょっと気が抜けてしまった気分でポツリとそう言った。
「そうだね…」
と、彼も呟くように応えてくれた。
実感も感慨もない、すごく無味乾燥な<結婚>だった。だけど私と彼は、こうして、本当に<家族>になったのだった。
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