絵里奈の独白

京衛武百十

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あの頃の

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『お願いお父さん!、一緒にお風呂に入って!』

そんなことを言い出した玲那に私は慌ててた。彼も呆気に取られてる。

「ちょ、ちょっと玲那!、何言ってんの!?」

さすがに私もそう言うしかなかった。沙奈子ちゃんはともかく、玲那が彼と一緒にお風呂に入るとか、それはさすがにおかしいでしょ?。

だけどその時、彼女が見せた表情に、私も彼もギョッとなってしまったのだった。

これまで決して彼の前では見せてこなかった、だけど私にとっては見覚えのあるその表情…。

それは、初めて出会ったばかりの頃の玲那の姿だった。射るような視線で他人を見る、この世の中のすべてを呪い、何もかもを拒絶してたあの頃の……。

でもそれは一瞬のことだった。だから、部屋着を着ようとして頭から被ってるところだった沙奈子ちゃんには見えてなかった。それだけは本当に幸いだった。この時の玲那のを姿を見たらきっと、沙奈子ちゃんも怯えてしまう。

私が声を上げたのを不安そうに沙奈子ちゃんが見上げた時には、もう、いつもの玲那の表情に戻ってた。それで沙奈子ちゃんに向かって彼女は、

「ね~、沙奈子ちゃん、お父さんと一緒にお風呂入っていい?」

くねくねと甘えるようにそう聞くと、ハッと玲那の方に振り向いた沙奈子ちゃんが、「いいよ」と笑顔で返してた。

「やったー!、沙奈子ちゃん、ありがと~!」

玲那は嬉しそうにやっぱり体をくねらせてパパっと服を脱いで先にお風呂場に消えた。

「おとーさん、早く早く~!」

狭い空間でこもった声が届いてくる。

「沙奈子がそう言うなら…」

と、彼も戸惑いながら立ち上がって、私の背後に行って服を脱ぎ始めるのが分かった。

『なにこれ…?、何が起こってるの……?』

それがこの時、私の頭の中でぐるぐる回ってた思考だった。そんな私を、不安そうな目をした沙奈子ちゃんが見上げてる。それに気付いた瞬間、ハッとなった。この子はそういうことに敏感なんだ。

「あ、大丈夫だよ。玲那お姉ちゃんが急にあんなこと言ったからびっくりしちゃっただけ」

私がそう言うと彼女も少しホッとした様子を見せてくれた。

そして一緒にコタツに入る。彼がお風呂に入ってる間は、私が沙奈子ちゃんを膝に抱いた。そしてドライヤーで彼女の髪を乾かし始める。湿ってた髪がさらさらと風に揺れるようになっていくのを見ながら私は、玲那がどうしてあんな表情を見せたのかと思案した。

だけど思い当たることは、今は一つしかない。

『やっぱり、見られてたのかな……』

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