あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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肉の塊

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「……」

正直、<こいつ>のことは嫌いでしかなかった。

どこの誰かも分からない段階からいきなり、

『俺の子を生め』

とか言われて、『死ね!』としか思わなかった。

けれど、だからといってこうして実際に命を奪うとなると、なんともいえない気分でもある。

言葉も通じない<獣>が相手なら、ただ、『生きるため』だと思えた。生きるために戦って、たまたま自分とウルイが勝てただけだった。それによって自分とウルイの命が永らえるだけなのだと。

なのに、今、仮にも言葉が通じる、しかも自分と同じ<獣人>であるこいつの命が潰えていくのを牙を通して感じていると……

『あんたさあ……何のために生まれてきたんだよ……こんな風にみんなから嫌われて、攻撃されて、一人で死んでいくとか……

私、あんたのことは大嫌いだけど……なんか……こういうの……いやだよ……』

完全に命の火が消えるまで力は抜かないものの、確実にとどめを刺すことはやめないものの、同時に、そんなことを思ってしまった。

自分は、ウルイと二人きりとはいえ、満ち足りた毎日を送ってこれた。獣人としてどうとか、人間がこうとか、そんなことはどうでもいいと思える人生だった。

確かに人間の多くは獣人のことを快く思っていないのかもしれない。けれど、だからといって人間の全てがそうじゃないのも事実だ。ウルイや、キトゥハの娘と結婚した人間の男のようなのもいる。

そうやって<小さな幸せ>で満足していれば、こんな最後を迎えなくても済んだかもしれないのに……

だけど同時に、自分の生き方をこいつに押し付けるのも違うのだろうとは、思った。

ウルイが、獣人である自分に、人間としての生き方を押し付けなかったように……

『こいつが死ぬことで、私達が生きられる……

それでいいんだよね? ウルイ……』

もう、そこに命がないことを実感しながら、自分の牙が捉えているのはただの、

<肉の塊>

にすぎないことを感じ取りながら、イティラは<虎の目>でウルイを見た。

そして……

『イティラ……』

ウルイの方も、<虎の目>でありつつも、同時に、自分が知る、

<気持ちが一杯一杯になってしまって涙で潤んでいる彼女の瞳>

でもあるそれを見て、改めてその<白虎>がイティラであることを理解した。

<カシィフスと呼ばれていた獣人>の命が確実に終わったことを確かめながら。

自分達が、一人の獣人の命を奪ったことを実感しながら。

『もしまた生まれてくることがあったら、その時は、恨み恨まれるような生き方をせずに済めばいいな……』

イティラのことを想い、彼女が真っ白な虎に変じたのを見てもそこにいるのは自分が知る彼女であるのを悟りつつ、彼女とは違う生き方を選択した一人の獣人の命の終わりを悼んだのだった。

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