あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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開花

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『イティラ……すまない……!』

ウルイがついそんなことを頭によぎらせている時、しかし当のイティラは、まったくそんなことは気にもしていなかった。

勝てる気はしないものの、不思議と、負ける気もしなかった。逆に体が軽く感じられさえする。

動けば動くほど、力が溢れてくる気がするのだ。

それはもしかすると、<ハイ>と呼ばれる状態かもしれなかった。

しかし、思えば、おかしかったのだ。彼女は、健康な<獣人>である。確かに外見は中途半端で力も弱かったものの、けれどそれ以外は何の問題もない。

では、彼女が備えているはずの、<獣人としての力>は、どこに行ってしまったというのか?

確かに、人間でも個人によって能力に大きな差はある。生まれつき、何らかの身体的特徴により十分な力を発揮できない事例はある。

けれど、彼女には、外見以外に何の問題もなかったのだ。嗅覚や聴覚は、普通の獣人と顕著な差はなかった。

なのに、何故?

その疑問に答えられる者は、この場にはいなかった。クヴォルオらはもちろん、ウルイにも。

でも、誰にも答えられなくても、誰にも知られていなくても、<道理>というものはそこにあるのだ。人間がその仕組みを解明する以前から、惑星は太陽の周りを巡り、そこに命が芽生えたように。

彼女がこれまで獣人として半端であったその<原因>は、<理由>は、確かに存在したのである。

それが今、叩き起こされた。

彼女の両親が無知蒙昧だったがゆえに気付かなかっただけだ。

成長が遅く、それまで体が小さかった子供が、思春期を迎えた途端に爆発的に身長が伸びたりする事例があるということを。

自分の子供がそのようにして本来の能力を開花させることがあるという事実を。

この時のイティラこそが、まさにそれだった。

自分より圧倒的に強い、そして自分と同じ獣人を相手に、それまでの自分の限界を超えた稼動を自らの肉体に強いたことが、彼女の中で活用されることなく眠っていた、

<彼女本来の力>

を揺り起こすきっかけとなった。

堅く閉ざされていた蓋が、強引にこじ開けられるように。

「!?」

バツン! と、何かが弾けるような音を、イティラは聞いた。耳に聞こえたのではなく、体そのものが、その音を『感じた』のだ。

瞬間、

ぞわあっ! と、全身の細胞の一つ一つが膨らんでいくような感覚が奔り抜ける。

そして、それを追うかのようにして、何かが迸るのが分かる。

さらには、体の中が丸ごと組み替わってしまうような―――――

「ゴオ……ッ! ゴォオオォォォォォォォォオオァァーッッ!!!」

いや、実際に組み替わったのだ。

「イティラ……っ!?」

思わず叫んだウルイの視線の先にいたのは、白く輝く美しい毛に覆われた、一頭の、

<白虎>

なのであった。

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