あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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確固とした認識

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イティラが自分の指示を守らず飛び出してきてしまったものの、ウルイはそれを責める気にはなれなかった。

あの<獣人の青年>が現れ、しかも<王子>の命を狙ったとなれば、もしそれで王子が命を落としたとなれば、人間達はそれこそ獣人を目の敵にするだろう。

イティラ自身は獣人であっても、正直なところ、彼女には『獣人だから』という理由だけでそちらに肩入れする理由がなかった。彼女はただ彼女として生きていられればいいだけだった。

しかも、<獣人の青年>は、一方的に人間に対して敵対しているだけだ。確かに人間は獣人を蔑視しているかもしれないものの、だからといって攻撃的に敵対することが問題の解決に繋がるとは限らないことは、数多くの先例が物語っている。

こちらの世界でも、<抗議のための暴動>が問題解決に資するとは限らない事実があるだろう。

ましてやテロリズムが問題を解決しただろうか?

結局はそういうことなのだ。

イティラもウルイも、決して学はないが、キトゥハの大きな器を感じたことで、感覚的にそれを学び取っていた。

確かに、イティラは<王子>に対して憤り、自分と同じように憤ってくれないウルイに対して不満も抱いたものの、だからといって<王子>を目にしても早まることはなかった。感情は感情として、けれど無意識の領域では、ウルイの言い分にこそ道理があるのは分かっていたのだと思われる。

彼を信頼しているからこそ。

もしイティラがウルイに対して強い反発を抱いていたとしたら、どうだっただろう? 王子に対する憤りに加え、ウルイに対して自分の言い分こそ正しいのだと示したいという欲求が結び付き、自分を抑える根拠を上回ってしまっていたかもしれない。

ウルイに対する信頼が彼女を抑え、かつ、<獣人の青年が現れたという状況の変化>に対しては柔軟に対応できたのではないだろうか。

『ウルイならこうする』

という確固とした認識があったがゆえに。そしてそれは正しかったがゆえに。

だからウルイも彼女を責めようとは思わなかったということだ。



が、事態そのものはもう完全に二人の手に負えない段階に至っていた。二人がここに来なければ、イティラが咄嗟に飛び出していなければ、王子は命を落とし、最悪の状況に陥っていたかもしれない。それだけは取り敢えず避けられたものの、結果として二人も<当事者の一人>となってしまったのだ。しかも、自分の意思でコントロールできる立場にない状態で。

だからウルイは、決断していた。

『ここは人間達に与して、あいつの仲間だと思われないようにする!』

と。

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