99 / 126
単純な善悪だけで
しおりを挟む
『イティラにも分かってほしかったんだ。キトゥハが今の様子を見たらどう思うかってのを』
それは、ウルイにとっては本音だった。
恩人が理不尽に傷付けられたら憤るのは、なるほどそれも当たり前のことなのだろう。
しかし、その憤りが見当違いなものであったら?
ただの勘違いであったら?
それで誰かと諍いになったとして、その<恩人>は本当に喜ぶだろうか? 喜ぶどころか、
『自分の所為でこんなことになってしまった』
と悲しんだりしないだろうか?
ウルイは、イティラよりずっと彼のことを知っている。彼がただの<お人よし>や<臆病者>だから人間との諍いを恐れているなどというわけじゃないことが分かるのだ。
だとしたら、今、自分がするべきことは、イティラの感情を人間に向けさせることじゃない。
この世というのは、単純な善悪だけで動いているわけじゃない。ただの悪人が悪いことをして、善人が悪人を裁いているわけじゃない。結局、立場やその場の<流れ>が誰かにとっては理不尽であったりするだけという話の方がずっと多いのだろう。
『イティラが人間を憎んだりするのを、キトゥハが喜ぶはずがない』
それはただの<綺麗事>じゃない。思い違いや行き違いでことを先走れば結局は自分が損をするという、極めて合理的で打算的な話なのだ。
なるほど、物語的にはその場の感情を優先して<勧善懲悪>的に王子を打ち倒せばスカッとするのかもしれない。けれどそんな簡単な話で済まないからこそ、大変なのではないのか?
キトゥハは娘と孫に、ウルイはイティラに、その大切なことを伝えようとしているのだ。
自分の大切な者達が軽挙妄動によってむざむざ不幸にならないようにしたいから。
「ウルイは、それでいいの……?」
もう感情としては落ち着いてきたものの、それよりはウルイに抱き締められていることの方が動揺が大きいものの、まだまだ未熟なイティラは納得できないことをちゃんと言葉にして、人生の先輩である彼に投げかけた。
するとウルイは、
「ああ…キトゥハが自分でそう決めたのなら、俺は彼を信じたい……」
きっぱりと答えた。
頭に血が上ってたのが収まってきたところに彼にそこまで言われてしまっては、ウルイほどキトゥハのことを知らないイティラにはそれ以上、我を通すことができなかった。
頭ごなしに抑え付けられたわけじゃないというのもある。だからこれ以上は反発する理由もないのだ。
それよりも今は、彼に抱き締められていることを、彼を抱き締めていることを、ただ感じていたかった。
この一時に酔いしれていたかったのだった。
それは、ウルイにとっては本音だった。
恩人が理不尽に傷付けられたら憤るのは、なるほどそれも当たり前のことなのだろう。
しかし、その憤りが見当違いなものであったら?
ただの勘違いであったら?
それで誰かと諍いになったとして、その<恩人>は本当に喜ぶだろうか? 喜ぶどころか、
『自分の所為でこんなことになってしまった』
と悲しんだりしないだろうか?
ウルイは、イティラよりずっと彼のことを知っている。彼がただの<お人よし>や<臆病者>だから人間との諍いを恐れているなどというわけじゃないことが分かるのだ。
だとしたら、今、自分がするべきことは、イティラの感情を人間に向けさせることじゃない。
この世というのは、単純な善悪だけで動いているわけじゃない。ただの悪人が悪いことをして、善人が悪人を裁いているわけじゃない。結局、立場やその場の<流れ>が誰かにとっては理不尽であったりするだけという話の方がずっと多いのだろう。
『イティラが人間を憎んだりするのを、キトゥハが喜ぶはずがない』
それはただの<綺麗事>じゃない。思い違いや行き違いでことを先走れば結局は自分が損をするという、極めて合理的で打算的な話なのだ。
なるほど、物語的にはその場の感情を優先して<勧善懲悪>的に王子を打ち倒せばスカッとするのかもしれない。けれどそんな簡単な話で済まないからこそ、大変なのではないのか?
キトゥハは娘と孫に、ウルイはイティラに、その大切なことを伝えようとしているのだ。
自分の大切な者達が軽挙妄動によってむざむざ不幸にならないようにしたいから。
「ウルイは、それでいいの……?」
もう感情としては落ち着いてきたものの、それよりはウルイに抱き締められていることの方が動揺が大きいものの、まだまだ未熟なイティラは納得できないことをちゃんと言葉にして、人生の先輩である彼に投げかけた。
するとウルイは、
「ああ…キトゥハが自分でそう決めたのなら、俺は彼を信じたい……」
きっぱりと答えた。
頭に血が上ってたのが収まってきたところに彼にそこまで言われてしまっては、ウルイほどキトゥハのことを知らないイティラにはそれ以上、我を通すことができなかった。
頭ごなしに抑え付けられたわけじゃないというのもある。だからこれ以上は反発する理由もないのだ。
それよりも今は、彼に抱き締められていることを、彼を抱き締めていることを、ただ感じていたかった。
この一時に酔いしれていたかったのだった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です
堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」
申し訳なさそうに眉を下げながら。
でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。
獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。
だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。
夫であるジョイを愛しているから。
必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。
アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。
顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。
夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】婚約破棄された傷もの令嬢は王太子の側妃になりました
金峯蓮華
恋愛
公爵令嬢のロゼッタは王立学園の卒業パーティーで婚約者から婚約破棄を言い渡された。どうやら真実の愛を見つけたらしい。
しかし、相手の男爵令嬢を虐めたと身に覚えのない罪を着せられた。
婚約者の事は別に好きじゃないから婚約破棄はありがたいけど冤罪は嫌だわ。
結婚もなくなり、退屈していたところに王家から王太子の側妃にと打診が来た。
側妃なら気楽かも? と思い了承したが、気楽どころか、大変な毎日が待っていた。
*ご都合主義のファンタジーです。見守ってくださいませ*
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる