あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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符丁

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<孤狼>と遭遇して数日後。二人で一緒に狩りに出たイティラが、

「なんか……様子が変だ……」

緊張した面持ちで告げた。するとウルイも、

「ああ……確かに……」

と応える。森の空気が酷くざわついている気がする。

その時、イティラの耳がピクリと反応した。

「狼の声……近いよ……! 悲鳴だ…!」

彼女の言葉に、ウルイの頭をよぎったもの。

「あの孤狼か……?」

例の<銀色の孤狼>と狼達が衝突してしまったのだと直感した。

わざわざこちらから出向いて干渉することはしないと決めたものの、こうやって気配を察してしまっては、素知らぬふりもできなかった。

「こっちだよ!」

イティラが先導し、ウルイが続く、

しばらく行くと、

「む……」

ウルイの耳にも聞こえた。

「ギャーン!」

という、獣の悲鳴。しかも立て続けに、

「ギャンッッ!」

「ギャヒッッ!」

複数の悲鳴が。それぞれ別の狼のものだと聞き取れてしまう。何度も狼達の<声>を耳にしていたからだろう。

別々の複数の悲鳴。やられているのは孤狼の方ではないのも分かってしまった。

はやる気持ちを抑えつつ、神経を研ぎ澄まし最大限の警戒をしながら先を急いだ。

と、

「あ……っ!」

イティラが声を上げる。

「ギャイッ!」

悲鳴を上げながら地面を転がる狼の姿が捉えられたのだ。

「イティラ…! 全体を見渡せる位置に移動するぞ……!」

すぐ近くにいる彼女にだけ聞こえる小声で、ウルイが指示を出す。

「……!」

イティラはもう頷くだけだ。後は、互いに手指の動きだけでやり取りをする。二人の間だけで通じる<符丁>だ。現代の軍隊などで用いられることもある、<ハンドサイン>と同じものとも言えるだろうか。

相手に悟られないように連絡を取り合うために、二人で決めたものだった。

そしてイティラは木の上に、ウルイは茂みへと身を隠しつつ、状況が見渡せる位置へと移動した。

すると、見えた。

あの孤狼が、狼の群れを相手に仁王立ちになっている姿が。

「……」

ウルイは奥歯をギッと噛み締めた。

野性なのだから、強い者がすべてを手にするのが当然という一面は確かにある。けれど、ドムグのように、極端な個体がいると、実はバランスがおかしくなってしまう場合もあるのだ。

ドムグの時も、厄介過ぎるそれに対して狼達が距離を置いてしまって、鹿を狩らなくなり、これに伴って鹿の数が増えすぎて森の餌が不足する可能性があったのだった。

そこまで行く前にイティラとウルイが倒したので大きな影響はなかったものの、詳細に調べると、本来なら狼などに狩られていなくなっていたはずの年老いた鹿も生き延びていたために、餌が不足し始めていた場所もあったりしたのだった。

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