上 下
75 / 126

欲しい言葉

しおりを挟む
イティラを獲物として狙っていた狼は、逃げた。新たな<敵>が現れたことで自身の優位が失われたと察した瞬間に、全速力で。

むしろ見事な撤退っぷりだっただろう。

おそらく、だからこそ今まで生き延びられてきたのだと思われる。

ただ、イティラの方は少し元気がなかった。

茂みの中からウルイが姿を現し、

「無事か……?」

と問い掛けてくれても。

「うん……大丈夫……」

どこか寂しげに応えるだけだ。

そんな彼女の様子に、今度はウルイが困ったような表情になる。

「どうした……? どこか痛むのか……?」

イティラのことをずっとしっかりと見てきたウルイだからこその気遣いだった。僅かでも様子が違えば彼には分かってしまうのだ。

すると、彼女も観念したように。

「怪我とかじゃないんだ……たださ、結局はウルイに助けられちゃったな~と思って……」

そう。イティラは、ウルイを守れる自分を目指しているというのに、いまだにこうしてウルイに助けられてばかりなのが情けなかったのだ。

けれど、彼は言う。

「……俺は、いつだってイティラに助けられてるぞ……」

「…え……?」

呆気にとられて顔を上げた彼女に、ウルイは真っ直ぐ視線を向ける。

「俺はもう、イティラの助けがないと今の狩りは続けられないと思ってる。イティラの助けが必要なんだ。俺達は、二人で一人なんだと思う……」

まったく。不器用なくせにこういうことは躊躇せず口にする。

いや、不器用だからこそ、思ったことはそのまま口に出るのだろう。

聞く者が聞けばそれこそ<求婚>のようにも聞こえただろうが、ウルイ自身には実はそこまでの意図はなかった。ただ単純に今の実感を言葉にしただけだった。

けれど、それがイティラにとっては<欲しい言葉>となる。

「なんだよ……ズルイよ……せっかく頑張ったのにさ……無駄になっちゃうよ……」

拗ねたように口にしたものの、その顔はまぎれもない笑顔だった。

しかもウルイは、さらに続ける。

「無駄になんてならないさ。俺達狩人は、自分を高めることをやめたら、そこからすぐに衰えていくんだ。俺だって今でももっと腕を上げたいと思ってる。イティラはイティラで自分を高めていけばいい……」

ここまで言われたら、子供っぽく拗ねた自分が恥ずかしくなる。

「もう! ウルイのイジワル! べーっだ!」

「え……? いや、俺はただ本当のことを……」

突然のイティラの剣幕に、ウルイは戸惑うしかできなかった。思ったそのままを口にしただけなのに、いったい、何が気に入らなかったというのか……?

けれど、ウルイほどの朴念仁でなければ分かるだろう。

イティラは怒っているのではなく、ただ、自分よりも大人なウルイに甘えたくなっただけだというのが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました

Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。 そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて―― イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...