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孤狼
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それは、見覚えのない狼だった。それに、この辺りを縄張りにしている狼の群れは、決して気軽に付き合えるような間柄ではなかったが、かと言って常日頃から互いに命を狙い合うほど険悪でもなかったはずだ。
<獲物のお裾分け>もしていたのだから。
けれど、今、イティラの前にいる狼は、完全に彼女を獲物として狙っていた。
『孤狼…か?』
彼女の頭によぎる言葉。
群れを追われた、もしくは自ら群れを持たずに流浪の生を送る狼のことである。
もしかすると単に巣立って他の群れに合流する前の若い狼の可能性もあるにせよ、それにしては<雰囲気>がありすぎる。巣立ったばかりの若い狼にはこれほどの殺気はなかなか出せないだろう。
イティラも決して詳しいわけではないものの、まったく知らないわけでもない。
狼の群れもそれなりに見てきたのだから。
なお、<獣人>であれば匂いで分かる、ましてや先日の<あいつ>の臭いは忘れたくても忘れられない。しかしこの狼は違う。あいつが狼の姿になっているわけじゃない。
おそらくは、
<純粋な狼>
けれど、それだけに話が通じる相手じゃない。ましてや向こうは完全にイティラを獲物として狙っている。
が、
『相手が狼なら、木の上にいれば大丈夫だし』
イティラはそう考えて、少しホッとしていた。
獣人は人間の姿をとればこうやって木の上にでも簡単に上れるものの、純粋な狼はそうはいかない。だからこうしていれば安全だ。あとは、狼が諦めるのを待つか、もしくはこのまま樹上を伝って逃げればいい。
そう思ってしばらく様子を見ようとしたイティラの背筋を、ゾッとした冷たいものが奔り抜けた。
「!?」
その直感に従い、別の枝へと飛び移る。するとまた、彼女が今の今までいたところを、何かが奔り抜ける。
そちらに視線を向けた彼女の目に、信じられない光景が。
あの狼が、まるで宙を駆けるかのごとく空中にいたのだ。
「なあっ!?」
思わず声を上げてしまう。
唖然とする彼女の前で、銀色の狼は、実に器用に木の枝や幹を蹴り、地上へと降り立った。そして樹上の彼女を睨みあげると同時に地面を蹴り、宙を舞う。そしてそのままやはり木の枝や幹を次々と蹴って、イティラへと迫った。
「何こいつっ!? ホントに狼!?」
再び声を上げながら、彼女はさらに別に枝へと飛び移った。なのに、銀色の狼もイティラが足場にしていた枝を蹴ってさらに迫る。
『ヤバい…! 逃げ切れない……っ!!』
イティラは、全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。と同時に、何とも言えない非現実感が。まるで全てが作り物にでもなってしまったかのような。
『死―――――!?』
それは、<死の直感>だったのかもしれない。彼女は、自身の命の終わりを悟ってしまったのだ。
『ごめん、ウルイ……! 帰れない……!!』
<獲物のお裾分け>もしていたのだから。
けれど、今、イティラの前にいる狼は、完全に彼女を獲物として狙っていた。
『孤狼…か?』
彼女の頭によぎる言葉。
群れを追われた、もしくは自ら群れを持たずに流浪の生を送る狼のことである。
もしかすると単に巣立って他の群れに合流する前の若い狼の可能性もあるにせよ、それにしては<雰囲気>がありすぎる。巣立ったばかりの若い狼にはこれほどの殺気はなかなか出せないだろう。
イティラも決して詳しいわけではないものの、まったく知らないわけでもない。
狼の群れもそれなりに見てきたのだから。
なお、<獣人>であれば匂いで分かる、ましてや先日の<あいつ>の臭いは忘れたくても忘れられない。しかしこの狼は違う。あいつが狼の姿になっているわけじゃない。
おそらくは、
<純粋な狼>
けれど、それだけに話が通じる相手じゃない。ましてや向こうは完全にイティラを獲物として狙っている。
が、
『相手が狼なら、木の上にいれば大丈夫だし』
イティラはそう考えて、少しホッとしていた。
獣人は人間の姿をとればこうやって木の上にでも簡単に上れるものの、純粋な狼はそうはいかない。だからこうしていれば安全だ。あとは、狼が諦めるのを待つか、もしくはこのまま樹上を伝って逃げればいい。
そう思ってしばらく様子を見ようとしたイティラの背筋を、ゾッとした冷たいものが奔り抜けた。
「!?」
その直感に従い、別の枝へと飛び移る。するとまた、彼女が今の今までいたところを、何かが奔り抜ける。
そちらに視線を向けた彼女の目に、信じられない光景が。
あの狼が、まるで宙を駆けるかのごとく空中にいたのだ。
「なあっ!?」
思わず声を上げてしまう。
唖然とする彼女の前で、銀色の狼は、実に器用に木の枝や幹を蹴り、地上へと降り立った。そして樹上の彼女を睨みあげると同時に地面を蹴り、宙を舞う。そしてそのままやはり木の枝や幹を次々と蹴って、イティラへと迫った。
「何こいつっ!? ホントに狼!?」
再び声を上げながら、彼女はさらに別に枝へと飛び移った。なのに、銀色の狼もイティラが足場にしていた枝を蹴ってさらに迫る。
『ヤバい…! 逃げ切れない……っ!!』
イティラは、全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。と同時に、何とも言えない非現実感が。まるで全てが作り物にでもなってしまったかのような。
『死―――――!?』
それは、<死の直感>だったのかもしれない。彼女は、自身の命の終わりを悟ってしまったのだ。
『ごめん、ウルイ……! 帰れない……!!』
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