あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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生きるために必死

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他者が誰かを好きになることについてケチをつける者がいる。

なるほど確かに親などの<身内>であれば思うところもあるだろう。しかし、まったく無関係な赤の他人が口出しをして、その者の人生について責任を負ってくれるとでも言うのだろうか?

『口は出すが責任は負わない』

など、単なる<卑怯>ではないのか?

イティラもウルイも、そうやって口出ししてくるような者は碌でもないことを思い知っているので、耳を貸すこともない。

まあ、そもそも<口を出してくる他者>がここにはいないが。

ゆえにイティラは、

<ウルイと共に生きられる自分>

となるために、努力を積み重ねる。

今、自分が追っている<獲物>は、<今までの自分>では倒しきれない相手だと分かっていた。まだようやく毛が生え変わったばかりと思しき若い個体とはいえ、正直、彼女が一人で狩るには荷が重いと思われる。

これまでどおりにやっていては、当然、逃げられてしまう。

『あくまで自分が確実に捕らえられる獲物だけを狙う』

というのももちろん選択肢の一つではあるものの、彼女は<その先>を目指したかった。

だから、追い詰められた猪が自分に向かって転進してきても、慌てない。短刀をしっかりと構え、

『動きを見極めろ…! 相手は猪だ! 私の知ってる動きしかしない……!』

自分自身に言い聞かせる。

イティラの言うとおりだった。彼女もこれまで、数え切れないくらいの猪を、ウルイの前まで誘導して来た。中には驚くほどトリッキーな動きをして見せたのもいた。けれど、そういう奴さえ、自分は追い立てて見せた。

『猪は、必ず、自分が動く方に視線を向ける。それを感じ取れ!』

自身の経験を強く思い返し、現在の状況へと落とし込んでいく。

『あいつはどっちを見る? 右か、左か……!?』

突進してくる猪に意識を集中。視線だけでなく、鼻先をどちらに向けるか、どちらの蹴り足に力を入れるか、全身を見た。

瞬間、猪が鼻先を僅かに下に向けるのが分かった。

『まっすぐかーっ!!』

これまで、若い猪は場数を踏んでいないからかとにかく逃げようとする傾向があった。突進してきているようには見えてもそれはあくまで<牽制>で、実際には相手を怯ませた上で転進して逃げるのだ。

『猪突猛進』とはよく言われるものの、実は猪は非常に軽く鋭いフットワークを持つ。むやみやたらに突撃することはむしろ稀なのだ。

なのに今回の若い猪は、真っ直ぐに突っ込んできた。勝てるとふんだのかそれともただの無謀かは分からないが、これまでイティラが見たことのない動きだった。

けれど、彼女は慌てない。

相手が自分の思い通りに動かないこともあるなんてのは珍しくもない。

向こうも生きるために必死なのだから。

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