あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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共に生きる者

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「ウルイ!」

あの<獣人の青年>が確かに十分離れたことを自身の耳と鼻で確認したイティラが、ウルイの下に駆けつける。

するとそこには、ドムグと戦った時以上に憔悴した彼がいた。

ずっと気配を消してその場にいただけのはずなのに、全身が汗でぐっしょりと濡れている。

「大丈夫!?」

実際に<あいつ>と対峙していた自分よりも疲れ果てた様子の彼に、イティラが泣きそうな声で訊いた。

「ああ…大丈夫だ。ただ疲れただけだ……」

ウルイが苦笑いを浮かべて応える。が、とても『大丈夫』には見えない。

だからイティラも不安そうに心配そうに目に涙を一杯に溜めて彼を見た。

そんな彼女に見詰められ、ウルイも、つい、本当の本心を打ち明けてしまう。

「……正直、ただの命のやり取りだったら、ドムグの時と同じだったと思う……

だが、もし、イティラがあいつに連れ去られていたらと思うと、すごくたまらない気分になった……それだけは絶対に許せないと思ったんだ……そしたら力がはいってしまって……」

彼のその言葉は、イティラにとっては<愛の告白>にも等しいものだっただろう。

『お前を他の男に取られるのが嫌だったから』

と聞こえてしまったのだから。

とは言え、実はウルイ自身にも、どういう意味で漏れた言葉だったのか。よく分かっていなかった。

ただとにかく、

『こんな奴にイティラを奪われるのだけは死んでも許せない』

と思ってしまっただけである。

ウルイにも、連れ去られた後でイティラがどんな扱いを受けるのか、多少は想像もできた。けれど、彼女が辛い想いをするのが許せないのと同時に、こんな形でイティラが自分の前からいなくなるのが嫌だった。

果たしてそれが<嫉妬>の類であったのかどうかは、ウルイにも分からないので確かめようもない。

それは判然としなくても、イティラが感極まって大きな声で泣きながら、

「ウルイ~! ウルイ~っ!!」

彼の名を何度の呼びつつ抱きついて彼の胸に顔をうずめて頬を擦り付けたことだけは間違いない。

彼女に、改めて、

『自分はこの人が好きだ!』

と再認識させるには十分だっただろう。

そしてイティラは明確に思った。

『自分もこの人を守れるようになろう』

と。

単に『狩りの役に立つ』だけじゃなく、この人の<心>も守れる者になろうと。

この人の心も守るためにも、<あんな奴>にかどわかされないような自分になろうと。

とても不器用だけど、<あいつ>からは欠片も感じ取れなかった<誠実さ>もしっかりと持っているこの彼にために、『可愛らしい』だけじゃなく、

<共に生きる者>

になろう。

これまでも何となくぼんやりとは考えていたものの、今こそはっきりと、強く、強く、そう思えたのだった。

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