65 / 126
驚嘆
しおりを挟む
イティラの<攻撃性>は、普段は狩りの時にしか見せられない。ウルイに対してはほとんど見せることもない。<月の物>の影響でやや機嫌が悪い時に睨み付けるような視線を向けるくらいだ。
なのに、この時の彼女は、完全に<外敵と向き合う獣>そのものだった。
どうあっても受け入れられないのだろう。
かつて自分を虐げていた実の両親や兄姉と同じく明らかに蔑む視線を向けてくる<そいつ>のことは。
すると<そいつ>は、ゆらりと体を揺らめかせたかと思うと、一瞬でイティラの目の前に迫った。
「!?」
それと同時に、彼女の腹に衝撃が。
<そいつ>の左の拳が彼女の腹を捉えたのだ。しかしイティラも、反射的に後ろに跳んでいたので衝撃は軽減され、大きなダメージにはならなかった。
けれど、反応が間に合っていないのも事実である。完全には躱せなかったのだから。
「く……っ!」
この一合だけで、イティラは悟った。
『ダメだ、勝てない……!』
と。
『自分だけでは勝てない』
と。
だから逃げるだけだ。逃げる以外に手はない。
けれど、今の動きを見るだけでも、逃げて逃げ切れる相手でもないことも分かってしまう。
となれば、戦うしかない。戦って死中に活を見い出すしかない。
さりとて、正面からぶつかるのも無謀以外の何ものでもない。
ゆえに信じた。ウルイがすでに必殺の一撃を狙ってくれていることを。
だが、もし、そうじゃなかったら……?
ウルイがここにいなかったら……?
その時には、自分は『お終い』だ。命があったとしてもこの<クソッタレ>に捕えられて酷い目に遭わされるのは間違いないだろう。
それを想像すると心が折れそうになるものの、そんな自分に、
『弱気になるな! 私!! 最後まで諦めるな!!』
と喝を入れた。
瞬間、<そいつ>が再び体を揺らめかせた。
が、
「ぬ……っ!?」
<そいつ>は何かを察したか、左腕を自身の胸の前に掲げた。掲げたと同時に、そこから細い棒のようなものが生える。
いや、ちがう。<矢>だ。突然、矢が<そいつ>の左腕に刺さったのだ。しかも矢は腕を貫通し、胸にまで食い込んでいた。
「バカな……!? 矢だと!? この俺が、矢で射られたというのか……!?」
<そいつ>が、明らかに驚嘆した。その時、
「動くな……! その矢は、お前の心臓をかすめている。下手に動くと鏃が心臓を切り裂くぞ……!」
決して大きくはないが強い意志が込められた言葉が、<そいつ>の耳を打つ。
ウルイだった。ウルイの声だ。
しかし、姿は見せない。姿は見せないままで、
「俺は今、お前の頭を狙っている。この距離では俺は決して狙いを外さない。そして躱すために動けば刺さった鏃が心臓を切り裂く。死にたくなければゆっくりと下がれ。そして二度と俺達に関わるな。そうすれば見逃してやる……!」
はっきりと告げたのだった。
なのに、この時の彼女は、完全に<外敵と向き合う獣>そのものだった。
どうあっても受け入れられないのだろう。
かつて自分を虐げていた実の両親や兄姉と同じく明らかに蔑む視線を向けてくる<そいつ>のことは。
すると<そいつ>は、ゆらりと体を揺らめかせたかと思うと、一瞬でイティラの目の前に迫った。
「!?」
それと同時に、彼女の腹に衝撃が。
<そいつ>の左の拳が彼女の腹を捉えたのだ。しかしイティラも、反射的に後ろに跳んでいたので衝撃は軽減され、大きなダメージにはならなかった。
けれど、反応が間に合っていないのも事実である。完全には躱せなかったのだから。
「く……っ!」
この一合だけで、イティラは悟った。
『ダメだ、勝てない……!』
と。
『自分だけでは勝てない』
と。
だから逃げるだけだ。逃げる以外に手はない。
けれど、今の動きを見るだけでも、逃げて逃げ切れる相手でもないことも分かってしまう。
となれば、戦うしかない。戦って死中に活を見い出すしかない。
さりとて、正面からぶつかるのも無謀以外の何ものでもない。
ゆえに信じた。ウルイがすでに必殺の一撃を狙ってくれていることを。
だが、もし、そうじゃなかったら……?
ウルイがここにいなかったら……?
その時には、自分は『お終い』だ。命があったとしてもこの<クソッタレ>に捕えられて酷い目に遭わされるのは間違いないだろう。
それを想像すると心が折れそうになるものの、そんな自分に、
『弱気になるな! 私!! 最後まで諦めるな!!』
と喝を入れた。
瞬間、<そいつ>が再び体を揺らめかせた。
が、
「ぬ……っ!?」
<そいつ>は何かを察したか、左腕を自身の胸の前に掲げた。掲げたと同時に、そこから細い棒のようなものが生える。
いや、ちがう。<矢>だ。突然、矢が<そいつ>の左腕に刺さったのだ。しかも矢は腕を貫通し、胸にまで食い込んでいた。
「バカな……!? 矢だと!? この俺が、矢で射られたというのか……!?」
<そいつ>が、明らかに驚嘆した。その時、
「動くな……! その矢は、お前の心臓をかすめている。下手に動くと鏃が心臓を切り裂くぞ……!」
決して大きくはないが強い意志が込められた言葉が、<そいつ>の耳を打つ。
ウルイだった。ウルイの声だ。
しかし、姿は見せない。姿は見せないままで、
「俺は今、お前の頭を狙っている。この距離では俺は決して狙いを外さない。そして躱すために動けば刺さった鏃が心臓を切り裂く。死にたくなければゆっくりと下がれ。そして二度と俺達に関わるな。そうすれば見逃してやる……!」
はっきりと告げたのだった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です
堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」
申し訳なさそうに眉を下げながら。
でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。
獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。
だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。
夫であるジョイを愛しているから。
必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。
アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。
顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。
夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
【完結】婚約破棄された傷もの令嬢は王太子の側妃になりました
金峯蓮華
恋愛
公爵令嬢のロゼッタは王立学園の卒業パーティーで婚約者から婚約破棄を言い渡された。どうやら真実の愛を見つけたらしい。
しかし、相手の男爵令嬢を虐めたと身に覚えのない罪を着せられた。
婚約者の事は別に好きじゃないから婚約破棄はありがたいけど冤罪は嫌だわ。
結婚もなくなり、退屈していたところに王家から王太子の側妃にと打診が来た。
側妃なら気楽かも? と思い了承したが、気楽どころか、大変な毎日が待っていた。
*ご都合主義のファンタジーです。見守ってくださいませ*
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる