あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
46 / 126

ゆっくり休め……

しおりを挟む
耳鬼みみおに>は、軽度のものであれば数日で自然に治るものの、稀に重症化し、しかもそのまま放っておけば耳が聞こえなくなったり、最悪の場合は脳炎を引き起こし死に至ることさえある病気だった。

ただ、ここでは十分に医学が発達していないため、基本的には民間療法に頼ることになる。大抵はウルイが使った、鎮痛・消炎効果のある薬草を煎じて薬湯として服用することが多いが、実は医学的にも実際に効果があることが数百年後に判明するのだが、それについては余談なので置くとする。

「貯えはある。ゆっくり休め……」

非常時の備えとして確保してある干し肉や山菜はあるので、数日は大丈夫なはずだった。

耳鬼みみおに>の治療法は、薬湯を飲んで安静にしていること、とされている。だからウルイもそうすることにした。狩りはしばらく休みだ。

「ごめんなさい……」

イティラは迷惑を掛けてしまうことを詫びた。けれどウルイは、

「気にするな……具合が悪い時は俺だって休む。それと同じだ……」

とは言うものの、人間社会にいた頃のウルイは、熱があろうが<耳鬼みみおに>に罹ろうが、大人達が休ませてくれなかった。

それで実際、一緒に働いていた子供が仕事中に突然倒れ、恐ろしい形相で意味不明なことを口走りながら暴れ、そして死んだということがあった。

どうやら、ウイルス性の呼吸器疾患に罹っていたにも拘わらず治療が行われなかったことでウイルスが脳に達して脳炎を起こし、異常行動を引き起こした挙句に死に至ったらしいのだが、この時点では、

『悪魔に憑かれた!!』

としてその場で殺されることも多かったという。

そんな環境で辛うじて生き延びたウルイは、イティラを自分と同じ境遇にしようとは考えなかった。自分がそれを強いた大人達を憎んでいたのだから、そんな大人達とは同じになりたくなかったのだ。

加えて、病というのは<運>が大きいと考えていた。イティラがこのまま命を落とすようなことがあれば、なおさら、辛い思いをさせる必要はないと思った。できる限り穏やかなままで、と考えたのだ。

そしてそれは、イティラも同じだった。

医療が発達していないここでは、病気に罹るというのは生と死のふるいにかけられることを意味する。

『私、死んじゃうのかな……』

鹿の毛皮を頭まで被って、イティラは堪らない不安を覚えて泣いた。

すると、毛皮の上から頭に何かが触れる。

ウルイの手だった。ウルイが彼女の頭を撫でてくれているのだ。

それが嬉しくて、ホッとして、でも、『死ぬかもしれない』という不安で、涙が止まらない。

でも、もし、このまま死ぬのだとしても、こうしてウルイの傍で死ねるなら……

とも、思えたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...