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ゆっくり休め……
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<耳鬼>は、軽度のものであれば数日で自然に治るものの、稀に重症化し、しかもそのまま放っておけば耳が聞こえなくなったり、最悪の場合は脳炎を引き起こし死に至ることさえある病気だった。
ただ、ここでは十分に医学が発達していないため、基本的には民間療法に頼ることになる。大抵はウルイが使った、鎮痛・消炎効果のある薬草を煎じて薬湯として服用することが多いが、実は医学的にも実際に効果があることが数百年後に判明するのだが、それについては余談なので置くとする。
「貯えはある。ゆっくり休め……」
非常時の備えとして確保してある干し肉や山菜はあるので、数日は大丈夫なはずだった。
<耳鬼>の治療法は、薬湯を飲んで安静にしていること、とされている。だからウルイもそうすることにした。狩りはしばらく休みだ。
「ごめんなさい……」
イティラは迷惑を掛けてしまうことを詫びた。けれどウルイは、
「気にするな……具合が悪い時は俺だって休む。それと同じだ……」
とは言うものの、人間社会にいた頃のウルイは、熱があろうが<耳鬼>に罹ろうが、大人達が休ませてくれなかった。
それで実際、一緒に働いていた子供が仕事中に突然倒れ、恐ろしい形相で意味不明なことを口走りながら暴れ、そして死んだということがあった。
どうやら、ウイルス性の呼吸器疾患に罹っていたにも拘わらず治療が行われなかったことでウイルスが脳に達して脳炎を起こし、異常行動を引き起こした挙句に死に至ったらしいのだが、この時点では、
『悪魔に憑かれた!!』
としてその場で殺されることも多かったという。
そんな環境で辛うじて生き延びたウルイは、イティラを自分と同じ境遇にしようとは考えなかった。自分がそれを強いた大人達を憎んでいたのだから、そんな大人達とは同じになりたくなかったのだ。
加えて、病というのは<運>が大きいと考えていた。イティラがこのまま命を落とすようなことがあれば、なおさら、辛い思いをさせる必要はないと思った。できる限り穏やかなままで、と考えたのだ。
そしてそれは、イティラも同じだった。
医療が発達していないここでは、病気に罹るというのは生と死のふるいにかけられることを意味する。
『私、死んじゃうのかな……』
鹿の毛皮を頭まで被って、イティラは堪らない不安を覚えて泣いた。
すると、毛皮の上から頭に何かが触れる。
ウルイの手だった。ウルイが彼女の頭を撫でてくれているのだ。
それが嬉しくて、ホッとして、でも、『死ぬかもしれない』という不安で、涙が止まらない。
でも、もし、このまま死ぬのだとしても、こうしてウルイの傍で死ねるなら……
とも、思えたのだった。
ただ、ここでは十分に医学が発達していないため、基本的には民間療法に頼ることになる。大抵はウルイが使った、鎮痛・消炎効果のある薬草を煎じて薬湯として服用することが多いが、実は医学的にも実際に効果があることが数百年後に判明するのだが、それについては余談なので置くとする。
「貯えはある。ゆっくり休め……」
非常時の備えとして確保してある干し肉や山菜はあるので、数日は大丈夫なはずだった。
<耳鬼>の治療法は、薬湯を飲んで安静にしていること、とされている。だからウルイもそうすることにした。狩りはしばらく休みだ。
「ごめんなさい……」
イティラは迷惑を掛けてしまうことを詫びた。けれどウルイは、
「気にするな……具合が悪い時は俺だって休む。それと同じだ……」
とは言うものの、人間社会にいた頃のウルイは、熱があろうが<耳鬼>に罹ろうが、大人達が休ませてくれなかった。
それで実際、一緒に働いていた子供が仕事中に突然倒れ、恐ろしい形相で意味不明なことを口走りながら暴れ、そして死んだということがあった。
どうやら、ウイルス性の呼吸器疾患に罹っていたにも拘わらず治療が行われなかったことでウイルスが脳に達して脳炎を起こし、異常行動を引き起こした挙句に死に至ったらしいのだが、この時点では、
『悪魔に憑かれた!!』
としてその場で殺されることも多かったという。
そんな環境で辛うじて生き延びたウルイは、イティラを自分と同じ境遇にしようとは考えなかった。自分がそれを強いた大人達を憎んでいたのだから、そんな大人達とは同じになりたくなかったのだ。
加えて、病というのは<運>が大きいと考えていた。イティラがこのまま命を落とすようなことがあれば、なおさら、辛い思いをさせる必要はないと思った。できる限り穏やかなままで、と考えたのだ。
そしてそれは、イティラも同じだった。
医療が発達していないここでは、病気に罹るというのは生と死のふるいにかけられることを意味する。
『私、死んじゃうのかな……』
鹿の毛皮を頭まで被って、イティラは堪らない不安を覚えて泣いた。
すると、毛皮の上から頭に何かが触れる。
ウルイの手だった。ウルイが彼女の頭を撫でてくれているのだ。
それが嬉しくて、ホッとして、でも、『死ぬかもしれない』という不安で、涙が止まらない。
でも、もし、このまま死ぬのだとしても、こうしてウルイの傍で死ねるなら……
とも、思えたのだった。
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