39 / 126
センス
しおりを挟む
イティラは、本来の獣人に比べれば能力では劣るかもしれないが、それでも人間であるウルイを上回るスタミナは持っていた。
膂力でも、もうウルイに引けは取らない。
とは言え、<弓>に関して言えばまったくウルイの足元にも及ばなかった。同じ年頃だった当時のウルイにさえ、遠く及ばないだろう。
弓を使うセンスが根本的に欠けているのだ。
これがもし、<まっとうな獣人>だったら、膂力の点でもすでにウルイを上回り、もう一人ででも森で生きていけるはずだった。けれどイティラには残念ながらそこまでの力は備わっていないようだ。
『人間よりは少し強い程度』
止まりになると思われる。
けれど、イティラはそれを気にしていなかった。むしろウルイと一緒にいるためのいい口実になると思っていた。
自分とウルイは<二人で一人>なのだと思っていた。
だから、今、ドムグと戦っているのは自分一人ではない。もはやイティラにさえウルイがどこに潜んでいるか分からなくなってしまったけれど、何も心配していない。
ウルイがドムグを狙っていることは伝わってくる。
その事実が、イティラに力を与える。無限に動き続けられるような気さえする。
とは言え、さすがにそれは<気のせい>だ。本当に無限に動き続けられるわけじゃない。
イティラの心臓ははちきれんばかりに激しく脈打ち、彼女の動きを支える。彼女の肺は、ごうごうと空気を取り入れ続ける。
けれど、<限界>は、突然やってきた。
「!?」
吸っても吸っても空気が入ってこない感覚。一瞬で全身から汗が噴き出し、心臓が千切れそうな錯覚が。
『しまった……!?』
ドムグの正面の木の枝に降り立った時に体が動かなくなり、バランスを崩す。
前のめりに倒れていき、それをドムグは見逃さなかった。落ちてくる彼女に向けて、角を構え、猛然と走る。
彼女が無残な串刺しの姿になるまで、一秒もないだろう。
だが―――――
だが、ドムグの必殺の一撃は、イティラを捉えることができなかった。彼女の体は落下の途中でくるりと方向を変え、槍のような角の切っ先をすんでで躱して、木の枝に戻る。
彼女が足を引っ掛けて落下を防いだのだ。
それと同時に、
「!?」
ドムグは自身の首筋に衝撃を感じ、目をやった。そこにはいつの間にか、矢が生えていた。
ウルイが放った毒の矢だ。
それに気付いて、ようやくドムグは思い出した。ウルイの存在を。イティラにばかり気を取られていて、完全に意識の外に消えていたことを。
「ぼおおおおおおおおおっっ!!」
もはやどんな生き物が上げたものかも分からない声を、ドムグは上げた。
途轍もない狂気を孕んだ目をぎらつかせながら。
膂力でも、もうウルイに引けは取らない。
とは言え、<弓>に関して言えばまったくウルイの足元にも及ばなかった。同じ年頃だった当時のウルイにさえ、遠く及ばないだろう。
弓を使うセンスが根本的に欠けているのだ。
これがもし、<まっとうな獣人>だったら、膂力の点でもすでにウルイを上回り、もう一人ででも森で生きていけるはずだった。けれどイティラには残念ながらそこまでの力は備わっていないようだ。
『人間よりは少し強い程度』
止まりになると思われる。
けれど、イティラはそれを気にしていなかった。むしろウルイと一緒にいるためのいい口実になると思っていた。
自分とウルイは<二人で一人>なのだと思っていた。
だから、今、ドムグと戦っているのは自分一人ではない。もはやイティラにさえウルイがどこに潜んでいるか分からなくなってしまったけれど、何も心配していない。
ウルイがドムグを狙っていることは伝わってくる。
その事実が、イティラに力を与える。無限に動き続けられるような気さえする。
とは言え、さすがにそれは<気のせい>だ。本当に無限に動き続けられるわけじゃない。
イティラの心臓ははちきれんばかりに激しく脈打ち、彼女の動きを支える。彼女の肺は、ごうごうと空気を取り入れ続ける。
けれど、<限界>は、突然やってきた。
「!?」
吸っても吸っても空気が入ってこない感覚。一瞬で全身から汗が噴き出し、心臓が千切れそうな錯覚が。
『しまった……!?』
ドムグの正面の木の枝に降り立った時に体が動かなくなり、バランスを崩す。
前のめりに倒れていき、それをドムグは見逃さなかった。落ちてくる彼女に向けて、角を構え、猛然と走る。
彼女が無残な串刺しの姿になるまで、一秒もないだろう。
だが―――――
だが、ドムグの必殺の一撃は、イティラを捉えることができなかった。彼女の体は落下の途中でくるりと方向を変え、槍のような角の切っ先をすんでで躱して、木の枝に戻る。
彼女が足を引っ掛けて落下を防いだのだ。
それと同時に、
「!?」
ドムグは自身の首筋に衝撃を感じ、目をやった。そこにはいつの間にか、矢が生えていた。
ウルイが放った毒の矢だ。
それに気付いて、ようやくドムグは思い出した。ウルイの存在を。イティラにばかり気を取られていて、完全に意識の外に消えていたことを。
「ぼおおおおおおおおおっっ!!」
もはやどんな生き物が上げたものかも分からない声を、ドムグは上げた。
途轍もない狂気を孕んだ目をぎらつかせながら。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる