あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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イティラは、本来の獣人に比べれば能力では劣るかもしれないが、それでも人間であるウルイを上回るスタミナは持っていた。

膂力でも、もうウルイに引けは取らない。

とは言え、<弓>に関して言えばまったくウルイの足元にも及ばなかった。同じ年頃だった当時のウルイにさえ、遠く及ばないだろう。

弓を使うセンスが根本的に欠けているのだ。

これがもし、<まっとうな獣人>だったら、膂力の点でもすでにウルイを上回り、もう一人ででも森で生きていけるはずだった。けれどイティラには残念ながらそこまでの力は備わっていないようだ。

『人間よりは少し強い程度』

止まりになると思われる。

けれど、イティラはそれを気にしていなかった。むしろウルイと一緒にいるためのいい口実になると思っていた。

自分とウルイは<二人で一人>なのだと思っていた。

だから、今、ドムグと戦っているのは自分一人ではない。もはやイティラにさえウルイがどこに潜んでいるか分からなくなってしまったけれど、何も心配していない。

ウルイがドムグを狙っていることは伝わってくる。

その事実が、イティラに力を与える。無限に動き続けられるような気さえする。

とは言え、さすがにそれは<気のせい>だ。本当に無限に動き続けられるわけじゃない。

イティラの心臓ははちきれんばかりに激しく脈打ち、彼女の動きを支える。彼女の肺は、ごうごうと空気を取り入れ続ける。

けれど、<限界>は、突然やってきた。

「!?」

吸っても吸っても空気が入ってこない感覚。一瞬で全身から汗が噴き出し、心臓が千切れそうな錯覚が。

『しまった……!?』

ドムグの正面の木の枝に降り立った時に体が動かなくなり、バランスを崩す。

前のめりに倒れていき、それをドムグは見逃さなかった。落ちてくる彼女に向けて、角を構え、猛然と走る。

彼女が無残な串刺しの姿になるまで、一秒もないだろう。

だが―――――

だが、ドムグの必殺の一撃は、イティラを捉えることができなかった。彼女の体は落下の途中でくるりと方向を変え、槍のような角の切っ先をすんでで躱して、木の枝に戻る。

彼女が足を引っ掛けて落下を防いだのだ。

それと同時に、

「!?」

ドムグは自身の首筋に衝撃を感じ、目をやった。そこにはいつの間にか、矢が生えていた。

ウルイが放った毒の矢だ。

それに気付いて、ようやくドムグは思い出した。ウルイの存在を。イティラにばかり気を取られていて、完全に意識の外に消えていたことを。

「ぼおおおおおおおおおっっ!!」

もはやどんな生き物が上げたものかも分からない声を、ドムグは上げた。

途轍もない狂気を孕んだ目をぎらつかせながら。

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