あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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命を賭して戦う気概

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ウルイが矢を射る準備をしたことを確認し、イティラも覚悟を決めた。

『私がウルイを守る…! ウルイを守るためには私もやられちゃいけない……! 

私とウルイは二人で生きるんだ……!』

自分にそう言い聞かせ、全身の神経を研ぎ澄ます。

とても十二や十三の子供の考えることとは思えないが、彼女ももう、

<野生に生きる獣>

から見れば十分に成体おとなとなっているはずの年齢だ。加えて、人間の世界でそれなりに安全を確保された暮らしをしている子供とは違う。ここは生きるか死ぬかなのだ。

いつまでも守られるだけの存在ではいられない。

命を賭して戦う気概は、イティラにもすでに備わっている。

そして、全身を感覚器官として<敵>を探る。

『すごい殺気だ……!』

毛皮がぞわぞわと湧き立つような不快さ。不穏さ。

向こうも必殺を狙って力をたわめてるのが分かる。

だから敢えて、イティラは動いた。殺気のする方へと向かって。

「!?」

瞬間、向こうの殺気が揺らぐ。まさか向かってくるとは思っていなかったのだろう。

野性の獣は、危険を感じればまずは逃げる。それが当たり前だ。危険だと分かっていて向かってくるのは、逃げ切れないと悟った時だけ。相手を打ち倒さないと助からないと悟った時だけ。

なのにイティラはドムグへと走った。普通の獣であればまだこの段階では逃げるのが当然にも拘らず。

しかし次の瞬間には、再び、突き刺さるかのような殺気が。

向こうも動いた。向かってくる。森がざわざわと慄き、茂みが弾ける。

一瞬、巨大な岩でも転がり出てきたのか?という錯覚を、見る者に与えるだろう恐ろしいほどの圧力。

まったくもって本当にとんでもない。

「っ!!」

改めてその姿を見ると、体が竦んでしまいそうになる。心が折れそうになる。

けれどイティラは、そんな自分を敢えて無視した。

<意思の力>を持つ者だからこそできることだった。自身の力を知り、そして相手の力を知り、合理的に勝機を見出し、その上で勇気を振り絞り行動に移せる者だからこその。

この怪物に出会ってから、特に意識して己の動きを高めることに注力してきた。確実に自分の思ったとおりに動けるように、自らの能力が間違いなく完全に発揮されるように。

でなければこんな場所では生き延びられない。こんな怪物もいるような場所では、ウルイを守れない。

だから努力した。

『君がこいつを幸せにしてやってくれ』

あの日、キトゥハに掛けられた言葉が、それを可能にした。

『言われなくても!!』

溢れるほどの気力が満ち、彼女を動かす。

意識するまでもなく全神経を研ぎ澄まし、周囲の全てを把握する。

それにより、考えるまでもなく体が最適解を導き出す。

木の枝を掴み一瞬で動きの向きを変えたイティラの姿が、ドムグの視界から消えたのだった。

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