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毒
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ウルイは、普段は<毒>を使わない。扱いが難しく、しかも自分が毒を使って仕留めた獲物を他の獣が食べたりしてそれで死ぬということがかつてあったからだ。
別に狙ってもない獣の命まで奪うのは望むところではなかった。
が、今回のドムグはとの戦いは、<殺し合い>となるだろう。
『生きるために食べる』
のが目的ではない。
『自分が殺されないために殺す』
そういう形の、<生きるための戦い>だった。
過去二度の戦いも、たまたま近くにいたというだけで、狙ってもいないのに襲われた。だから仕方なく応戦した。
そんな戦いだった。
その時に毒を使わなかったのも、とにかく自分達が逃げおおせればそれで良かったというのもある。
一度目は距離を取って矢を放ち、牽制しながらさらに距離を取った。この時すでに、それが容易ならざる相手だというのは察していた。
二度目は丁度いい感じの木があったのでそこに上り、ドムグが諦めるのを待った。するとドムグは、木の上から矢で射られることを警戒してか近付くことなく、それでいてそこまま一晩、イティラとウルイが下りてくるのを待ち構えていたのだ。夜が明けるころにはさすがに諦めたらしいが、恐ろしい執念。
このため、イティラもウルイも非常用の干し肉で飢えをしのぎ、持ってきた水をひたすら節約しつつ飲み、小便も糞もその場でする羽目になった。
さりとて、迂闊に真っ向から戦っていたらそれこそイティラか自分かどちらか、もしくは両方、殺されていたかもしれない。
だから今回は、確実に倒すために毒を使う。
ウルイが毒を用意したことを、イティラは臭いで察した。腹を減らせた鹿でさえ食べない毒草の汁に獣の腐った内臓を混ぜて一ヶ月放置した特性の猛毒。うっかり傷口にでも入ろうものなら人間だと半日ともたないものだ。
それを、鹿の胃袋を何重にも重ねて作った小袋に入れて持ち歩いていたものの、使うのはほんの数度目である。
何とも言えないねっとりとした粘りを持つそれを矢の先端に塗り込め、慎重に弓につがえる。
何本も用意してうっかりそれで怪我でもすれば自分が命を落とすことになる。加えて、何本もあるからと軽く考えていては集中が乱れ、狙いを外すだけならまだしも、イティラに当ててしまうことだってありえる。
だから、狙うは一射必中。自分はただ矢を射るための弓の一部そのものとなり、余計なことは考えない。必殺の機会に勝手に体が動くように準備するだけだ。
一方、イティラはそのためにドムグを誘導する役目となる。
危険ではあるが、共に得意とすることを承知していればこその役割分担だった。
『子供を囮にするなんて!』
などと難癖を付けてくる奴らがいたとしても気にしない。そういう奴らは文句は付けても責任は負ってくれない。自分達を守ってはくれない。
これが、イティラとウルイ、二人が共に生き延びる最善の方法だった。
それに何より、イティラ自身が『やれる』と言ってくれた。自分はそれが信用に値することを知っている。
ならばその通りにするだけだ。
いつでも矢を射れる状態で、ウルイは微動だにしなくなった。後は<機会>が訪れるのを待つのみ。
イティラが作ってくれるその機会を。
別に狙ってもない獣の命まで奪うのは望むところではなかった。
が、今回のドムグはとの戦いは、<殺し合い>となるだろう。
『生きるために食べる』
のが目的ではない。
『自分が殺されないために殺す』
そういう形の、<生きるための戦い>だった。
過去二度の戦いも、たまたま近くにいたというだけで、狙ってもいないのに襲われた。だから仕方なく応戦した。
そんな戦いだった。
その時に毒を使わなかったのも、とにかく自分達が逃げおおせればそれで良かったというのもある。
一度目は距離を取って矢を放ち、牽制しながらさらに距離を取った。この時すでに、それが容易ならざる相手だというのは察していた。
二度目は丁度いい感じの木があったのでそこに上り、ドムグが諦めるのを待った。するとドムグは、木の上から矢で射られることを警戒してか近付くことなく、それでいてそこまま一晩、イティラとウルイが下りてくるのを待ち構えていたのだ。夜が明けるころにはさすがに諦めたらしいが、恐ろしい執念。
このため、イティラもウルイも非常用の干し肉で飢えをしのぎ、持ってきた水をひたすら節約しつつ飲み、小便も糞もその場でする羽目になった。
さりとて、迂闊に真っ向から戦っていたらそれこそイティラか自分かどちらか、もしくは両方、殺されていたかもしれない。
だから今回は、確実に倒すために毒を使う。
ウルイが毒を用意したことを、イティラは臭いで察した。腹を減らせた鹿でさえ食べない毒草の汁に獣の腐った内臓を混ぜて一ヶ月放置した特性の猛毒。うっかり傷口にでも入ろうものなら人間だと半日ともたないものだ。
それを、鹿の胃袋を何重にも重ねて作った小袋に入れて持ち歩いていたものの、使うのはほんの数度目である。
何とも言えないねっとりとした粘りを持つそれを矢の先端に塗り込め、慎重に弓につがえる。
何本も用意してうっかりそれで怪我でもすれば自分が命を落とすことになる。加えて、何本もあるからと軽く考えていては集中が乱れ、狙いを外すだけならまだしも、イティラに当ててしまうことだってありえる。
だから、狙うは一射必中。自分はただ矢を射るための弓の一部そのものとなり、余計なことは考えない。必殺の機会に勝手に体が動くように準備するだけだ。
一方、イティラはそのためにドムグを誘導する役目となる。
危険ではあるが、共に得意とすることを承知していればこその役割分担だった。
『子供を囮にするなんて!』
などと難癖を付けてくる奴らがいたとしても気にしない。そういう奴らは文句は付けても責任は負ってくれない。自分達を守ってはくれない。
これが、イティラとウルイ、二人が共に生き延びる最善の方法だった。
それに何より、イティラ自身が『やれる』と言ってくれた。自分はそれが信用に値することを知っている。
ならばその通りにするだけだ。
いつでも矢を射れる状態で、ウルイは微動だにしなくなった。後は<機会>が訪れるのを待つのみ。
イティラが作ってくれるその機会を。
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