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憎悪の臭い

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『ドムグ……!』

イティラの鼻と耳は、ドムグの存在を確かに伝えてきていた。

目にはまだ見えないが、間違いなくそこにいる。

そして、イティラとウルイのことを、ドムグも間違いなく気付いているだろう。

明らかな<憎悪の臭い>がイティラの鼻を突く。

『獲物として狙った』と先に述べたが実はそれは正確ではない。むしろ逆だった。ドムグの方が二人を狙ってきたから、成り行き上、対峙しただけである。

それ以前には何か恨まれるようなことをした覚えはないものの、これまでにずっと狩りをしてきてそれだけ、仕留めきれずに逃がした獲物もいる。イティラのミスで逃がしたものも。

もしかすると、そうして仕留めきれなかった獲物の中に、まだ若かった頃のドムグがいたのかもしれない。

だから、自分の命を狙ったイティラとウルイを憎んでいるのかもしれない。

獣は、普通はいつまでも恨みを引きずったりはしない。さっさと忘れて次に備えるだけだ。

しかし中には、高い知能を持ち、<恨み>をいつまでも忘れない個体もいる。

ドムグがまさにそれだった可能性はある。

が、そんなことは些末な問題だった。今さらそれを知ったところで、イティラとウルイが狙って仕留めきれなかった相手だったとして、だから何が変わるというのか。

なにも変わらない。

ただ互いに生きるために戦うだけだ。ドムグにとっても、イティラとウルイの存在は自身の命を脅かす脅威でもあるのだろうから。

それでも……

「ゆっくりと下がろう……無理をする必要はない……」

ウルイとしては可能な限り避けたい相手だった。これまでに二度、手を合わせてみて、容易には倒しきれない相手だというのは分かっている。ここで無理をしてイティラにもしものことがあっては敵わない。

彼が狩りをするのは、あくまで『生きるため』だ。獲物を倒すことで達成感を得たり、虚栄心を満たすためにやっているのではない。

だから、ヤバいと思えば躊躇わず逃げる。逃げても何も悔しくはない。

けれど……

「ダメ…ドムグは完全にヤる気だ……」

イティラの全身の毛が逆立ち、彼女が一回り大きく見える。

彼女に備わっている<獣人としての本能>が、危険を伝えてきているのだ。

それに……

「大丈夫……やれるよ、ウルイ……

私、このために鍛えてきたんだ……!

ウルイと一緒ならやれる……!」

ドムグの気配に意識を向けながらも、イティラは言った。

「……分かった……」

彼女の言葉に込められたものをウルイも察し、覚悟を決める。

イティラは、自分にできないことを『できる』とは言わない。彼女が『やれる』と言うのならやれるのだろう。

これまでずっと一緒に暮らし、狩りを続けてきて、ウルイはしっかりと彼女のことを見ていた。

二度の失敗の時は、彼女の口から、

「逃げよう!」

と告げられて、確かに逃げ切ることができた。

その実績が、ウルイの彼女に対する信頼となっていたのだった。

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