あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
27 / 126

俺には分からないんだ……

しおりを挟む
ウルイにとってキトゥハの<お説教>は、どんな怒声や罵声よりも届いた。

親をはじめとした周囲の大人達の戯言など一度だって納得できたことがなかったのに、キトゥハの言葉なら一言一句ちゃんと聞かなければいけないと素直に思えた。

全てが腑に落ちた。

それでも……

それでも敢えて問う。

「……俺には、こいつに、美味いものも食わせてやれないし、綺麗な恰好もさせてやれないし、友達も見付けてやれない……

いつ潰れてもおかしくないボロ小屋に住んで、起きて狩りをして食って寝るだけの生活しか与えてやれない……

本当にそれでいいのか……?

それでこいつは満足できるのか……?

俺には分からないんだ……」

イティラの寝顔を見ながら、ウルイは絞り出すようにキトゥハに本音をぶつけた。

そんな彼の<想い>も、キトゥハは侮ることなく受け止めてくれる。

彼の実の親は、子供が『何故?』と問い掛けると、

「そんなくだらねえことかんがえてないで働け!! 働かねえ奴にメシはねえんだよ!!」

としか言わなかったというのに。

だが、今なら分かる。あの大人達は<答>を持っていなかったのだ。自分がその問いに答えられるだけのものを持っていないから、それを誤魔化すために話を逸らしていただけなのだ。

『働かねえ奴にメシはねえ』

などと、夜が明ける前から、宵の口に食ったメシが腹の中から消え失せるまで働かせておいて、それで一言問い掛けただけで『働かねえ奴』と。

そんな連中の何をありがたがれと言うのか? 幼いウルイが稼いだ金を、酒や賭け事に使って溶かしてしまうような奴らの何を。

まったくもって何もかもがキトゥハと違いすぎる。

無知で拙い自分の言葉にキトゥハは耳を傾けてくれる。だから自分もキトゥハの言葉を聞ける。

そしてこの時も……

ウルイの本音を聞き届けた上で、キトゥハは応えた。

「お前は、自分が信じていない者達が唱えていた<幸せ>の方を信じるのか? お前自身がその目で見て、耳で聞いて、肌で感じてきたイティラの姿よりも? 

おかしいとは思わないか……?」

「……!?」

ウルイはギョッとしたように僅かに顔を上げ、上目遣いで、自分を静かに見詰めるキトゥハを見た。

「……」

けれど、どう応えていいか分からずに強張ってしまう。

そんなウルイの代わりに、穏やかでありながら毅然とした声で応える。

「お前は、自分の<迷い>から逃げたくて、信じてもいないその<幸せの形>を言い訳に使っているだけなんじゃないのか……?」

ぐうの音も出なかった。

キトゥハの言う通りだった。

言われてみれば確かに、どうして自分は、あれほどまでに嫌っていたはずの大人達が唱える<幸せの形>を真に受けていた?

何故それが理由になると思っていた?

彼女が自分に向ける笑顔から目を逸らすための理由に……

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。 その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。 怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい...... ※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。 ※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。 ※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。 ※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

第十王子との人違い一夜により、へっぽこ近衛兵は十夜目で王妃になりました。

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
軍司令官ライオネルとの婚約を強制された近衛兵のミリアは、片思い相手の兵長ヴィルヘルムに手紙を書き、望まぬ婚姻の前に純潔を捧げようと画策した。 しかし手紙はなぜか継承権第十位の王子、ウィリエールの元に届いていたようで―――― ミリアは王子と一夜を共にしてしまう!? 陰謀渦巻く王宮では、ウィリエールの兄であるベアラルの死を皮切りに、謎の不審死が続き、とうとうミリアにも危険が迫るが――――

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

処理中です...