あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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臆病な卑怯者

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「……」

食事が終わる頃、イティラの体はゆらゆらと揺れ始めた。

ここまで歩いてきた上で腹が満たされたことで、猛烈な睡魔が襲ってきたようだ。その場にいるのがキトゥハだけならおそらくここまで眠気に襲われなかったと思われるものの、キトゥハからは危険を感じないことに加えてウルイが傍にいる安心感が大きかったのかもしれない。

「寝るか…?」

今にもまぶたが落ちそうな彼女に、ウルイは自分の膝を軽く叩いて問い掛けた。

すると、待ちかねていたようにイティラはウルイの膝に体を預けてそのまま寝てしまう。

彼女にとっては何にも勝る<寝床>なのだろう。

ここまでの彼女の様子がどんな言葉よりも雄弁に全てを物語っていた。

だからキトゥハは言う。

「お前、その娘を私に預けるつもりだっただろう……?」

余計なものは一切含まれない、単刀直入な指摘。

「……」

ウルイは何も言い返せなかった。ただ自分の膝で安心しきって眠るイティラを見詰めるだけだ。

そんなウルイに、キトゥハは容赦しない。

「確かに私はこれまで五人の子供を育ててきた。まだ十二だったお前を含めれば六人育てたようなものだ。それも皆、もう立派に自分の力で生きている。先日、孫も生まれた。

それを思えばお前よりはよっぽど経験も積んできている。確かにその娘についてもお前よりも上手く育てられるかもしれん。

だがな……」

『だがな』と言ったキトゥハの目が厳しくウルイを捉えた。ピリリと空気が硬くなる。

「だがその娘を生かす選択をしたのは、お前だろう? お前は自分でその選択をしておきながら、今になって怖気づいて逃げるのか? 『自分には無理です、ごめんなさい!』と泣き言を口にするのか?」

そこまで言われて、ようやく、

「そうだ……俺には無理だった……こいつを拾ったのはただの気の迷いだ……自分にできると思ってたわけじゃない……

春になったら勝手に出ていくと思ってた……

なのにこいつは、俺を見て微笑わらうんだ……嬉しそうによ……

俺には……そんな笑顔を向けられる値打ちはない……」

顔を上げることもできないまま、ウルイはボソボソと独り言のようにそう口にした。

瞬間、パン!と何かが弾ける気配があった。いや、実際には何も弾けてはいないし、何かが飛んだわけでも、打たれたわけでもない。本当にただの<気配>だ。

キトゥハから発せられた。

それを浴びて、ウルイの体がビクッと竦む。まるで父親に叱責された子供のように。いや、まさにそのものだっただろう。<友人>であり<先達>であり<父親役>でもあったキトゥハに、ウルイは、

『叱られて』

いるのである。



キトゥハは言う。

「ウルイ。お前は臆病者だ。自分の目に見えているものを見ることを拒んでいる、臆病な卑怯者だ。

たった数刻、傍目で見ていただけの私にすら見えたものがお前に見えていないはずがない。お前はそれが見えないような奴じゃないことを、私は知っている。

この娘が何を望んでいるのかを、お前は気付いていて見ようとしていないだけだ……!」

決して大声ではないが、イティラを起こしてしまうような激しいものではないが、キトゥハのそれは、途轍もない存在感でウルイを打ちのめしたのだった。

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