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人間の暮らし

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何度も通った形跡はあるもののまったく<道>などと言えないただの斜面を、キトゥハはまるで階段のように難なく上っていく。

ウルイも人間としてはスムーズなものの、キトゥハに比べるとやはり拙い印象があった。

一方、イティラは逆に体が小さく身軽であることが幸いしてか、意外なほど危なげなくウルイの前を進む。この辺りはやはり<獣人>ということなのだろうか。

けれど、それでも彼女に続いて上るウルイは、万が一足を滑らせたりした時の用心は怠っていなかった。自分も確実に上りつつ、イティラへの注意も忘れない。

「……」

キトゥハは、雨で湿気て密度が増したかのような森の空気がまとわりつくのもものともせず飄々とした気配を放ちつつ、時折僅かに振り向いてはイティラとウルイの様子をしっかりと見ていた。

二人の関係性を見て取るために。

タタタタと雨が打ち付ける中、闇に包まれ始めた頃にようやく少し開けた斜面の中腹にあった建物へと辿り着いた。

それは、ウルイが住処としている小屋よりはまだしっかりしているものの、決して<綺麗>とは言い難い、くたびれた家だった。

それでも、壁に沿って大量の薪が整然と積み上げられ、周囲の下草は丁寧に刈り取られ、斜面には石が組み上げられて、確実に暮らしが営めるように整えられているのは伝わってくる。

この点からも、ウルイのそれとは雲泥の差だった。

間違いなく<人間の暮らし>がそこにあるのが分かるのだ。

それでいてここに続くまともな<道>がないのは、余人を寄せ付けないようにという意図によるものだというのも察せられる。

加えて、斜面を上ってきた時の彼の身のこなしを見れば、あれで十分というのもあるのだろう。

「ほら、入れ」

キトゥハが扉を引いて声を掛ける。その扉も、ウルイの家のそれのようにミリミリと音を立てたりしなかった。

そして家の中では、やはりウルイの家のそれよりも丁寧に作られた<囲炉裏(のようなもの)>に火が点され、小さなやぐらのように組まれた鉄の台に掛けられた鍋が湯気を上げている。

鍋を火にかけたまま家を離れていたのは不用心にも思えるが、きっと彼にとってはちょっと隣の部屋にいる家人に声を掛けに行った程度のものだったに違いない。

その鍋からは、いい匂いが漂っていた。

もっとも、匂い自体はウルイやイティラが作るものと同じようなものだったが。

たぶん、気の利いた調味料の類は使われていないと思われる。山菜と肉を適当に放り込み、動物の血と少々の塩で風味付けしただけのものに違いない。

でも逆に、イティラにとってはホッとできる匂いだった。嗅ぎ慣れたそれだ。

しかも、

「くるるるる」

と腹が鳴る。

「ははは。野暮な話をする前にメシだな」

彼女の腹の虫が騒いでいるのを聞き取り、キトゥハがホロホロと笑ったのだった。

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