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その男は、緩くウェーブしたやや明るめの黒髪を無造作に首の辺りまで伸ばし、パッと見のシルエットだけならひょろりと背が高いだけに見えるが、しかし実際に向かい合ってみるとそこから受ける印象はまったく違っていた。
ただ何気なく立っているだけのはずにも拘らず、何とも言えない<圧>があるのだ。
粗末な服の袖から見える腕も、
『細い』
のではなく、
『無駄がまったくないから細く見える』
だけなのが分かってしまう。
「キトゥハ……」
男の姿を見たウルイがそう呟いたのに合わせるかのように、ポツポツと滴がイティラの頬を打った。雨が降り始めたのだ。
「何をボーっとしている。その子を濡らすな。これを使え」
<キトゥハ>と呼ばれた男は、顔まで毛皮に包まれたイティラの姿を見てもまったく動じることなく手にしていた毛皮を差し出す。脂を塗って防水処理した雨具だった。
その上で、
「お前はどうでもいいがな」
とも付け加える。
ウルイがムッとしたような様子も見せなかったので、どうやらこれがいつものやり取りらしい。
黙って毛皮を受け取ったウルイがそれをイティラの頭から被せ、フードのようにして、括り付けられていた革紐を首の下で結ぶ。これで少々の雨でも大丈夫だ。
ウルイの方は自身が羽織っていた毛皮を頭から被り、やはり紐を結ぶ。
キトゥハが言ったように『雨の用意をしていなかった』のではなく、いざとなればイティラを背負ってその上から毛皮を掛ければいいと思っていたのだ。
もっとも、キトゥハの方もそれは承知の上で言ったようだが。
しかしそのやり取りの間、イティラはキトゥハに対して明らかに警戒している様子を見せていた。
彼女には分かってしまっていた。
『この人……お父さんと同じ……』
イティラの<父親>。それは、狼人間。その父親と同じ匂いを、キトゥハは発していたのである。
「……」
そうして自分を明らかに警戒しているイティラに対して、キトゥハはフッと微笑んで見せただけだった。
『礼儀知らずな子供だ』
といったことは口にしない。幼い子供が見ず知らずの相手を警戒し怯えるのは当然だと知っているからだ。しかもウルイなどと一緒にいるということは、
『訳有り』
以外の何ものでもない。だから<普通の挨拶>などできなくて当然と考えていた。そんなことができる段階にないことを一目で察していた。
ゆえに、
「こんなところで雨に打たれている必要もないだろう。さっさとこい。今は俺一人だ。遠慮はいらない」
そう言って、フイと背中を見せた。その身のこなしがまた、体のどこにも力が入っていないのに恐ろしくバランスが良くてなめらかなのが分かる。
もうそれだけで、自分はおろかウルイよりも圧倒的に格上なのが、幼いイティラにさえ察せられてしまったのだった。
ただ何気なく立っているだけのはずにも拘らず、何とも言えない<圧>があるのだ。
粗末な服の袖から見える腕も、
『細い』
のではなく、
『無駄がまったくないから細く見える』
だけなのが分かってしまう。
「キトゥハ……」
男の姿を見たウルイがそう呟いたのに合わせるかのように、ポツポツと滴がイティラの頬を打った。雨が降り始めたのだ。
「何をボーっとしている。その子を濡らすな。これを使え」
<キトゥハ>と呼ばれた男は、顔まで毛皮に包まれたイティラの姿を見てもまったく動じることなく手にしていた毛皮を差し出す。脂を塗って防水処理した雨具だった。
その上で、
「お前はどうでもいいがな」
とも付け加える。
ウルイがムッとしたような様子も見せなかったので、どうやらこれがいつものやり取りらしい。
黙って毛皮を受け取ったウルイがそれをイティラの頭から被せ、フードのようにして、括り付けられていた革紐を首の下で結ぶ。これで少々の雨でも大丈夫だ。
ウルイの方は自身が羽織っていた毛皮を頭から被り、やはり紐を結ぶ。
キトゥハが言ったように『雨の用意をしていなかった』のではなく、いざとなればイティラを背負ってその上から毛皮を掛ければいいと思っていたのだ。
もっとも、キトゥハの方もそれは承知の上で言ったようだが。
しかしそのやり取りの間、イティラはキトゥハに対して明らかに警戒している様子を見せていた。
彼女には分かってしまっていた。
『この人……お父さんと同じ……』
イティラの<父親>。それは、狼人間。その父親と同じ匂いを、キトゥハは発していたのである。
「……」
そうして自分を明らかに警戒しているイティラに対して、キトゥハはフッと微笑んで見せただけだった。
『礼儀知らずな子供だ』
といったことは口にしない。幼い子供が見ず知らずの相手を警戒し怯えるのは当然だと知っているからだ。しかもウルイなどと一緒にいるということは、
『訳有り』
以外の何ものでもない。だから<普通の挨拶>などできなくて当然と考えていた。そんなことができる段階にないことを一目で察していた。
ゆえに、
「こんなところで雨に打たれている必要もないだろう。さっさとこい。今は俺一人だ。遠慮はいらない」
そう言って、フイと背中を見せた。その身のこなしがまた、体のどこにも力が入っていないのに恐ろしくバランスが良くてなめらかなのが分かる。
もうそれだけで、自分はおろかウルイよりも圧倒的に格上なのが、幼いイティラにさえ察せられてしまったのだった。
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