16 / 126
これ以上は……
しおりを挟む
『これ以上は……ダメだ……』
自分に対して明らかな親愛の情を向けてくるイティラに、ウルイはそんなことを考え始めていた。
正直、軽く考えていたというのはある。彼自身、十二歳の時に人間社会を見限って獣のように生きてきたこともあって、自分と他者の関係というものについて疎かった。
それでも一応、知人と言うか友人と言うかという存在はいたものの、その相手とはごく偶にしか、それこそ数年に一度というレベルで、偶然、顔を合わせた時に互いの情報を交換するという程度の付き合い、いや、そもそも『付き合い』と言っていいかどうかという関係である。
しかし、現在、ウルイが唯一、『人間の感性でもって』やり取りができる存在だ。
加えて、
『あいつなら、子供にも慣れてるはずだ……』
そんな考えが頭をよぎる。
だから、少なくとも、自分よりはきっと……
「明日は、少し遠出する……」
家に帰ると、ウルイはイティラにそう告げた。
「はい…!」
『どこに?』とか、『なぜ?』とか、彼女は問い掛けることもなく応える。彼女にとってウルイの言うことは<絶対>であり、疑問をさしはさむ隙などなかったのだ。
何しろ彼は、イティラの存在を丸ごと肯定してくれている。さすがに今の暮らしでは甘やかしてはくれないし楽で豊かで心地好い環境は与えてくれないが、その一方で彼女を蔑ろにはしないし、虐げもしない。彼女にできることは彼女にやらせつつ、できないことは力を貸してくれる。
それが徹底されていた。
ゆえに今も、イティラは言われるまでもなく自ら進んで火を熾し、干し肉の用意をし、鍋の用意をし、そこに水を張って山菜と干し肉を投入。夕食の用意を始めた。
これも、ウルイが命じたわけじゃない。イティラ自身が彼に教えを請うてできるようになったことだ。少しでも役に立って、彼の負担にならないようにと。
家族と共にいた頃にも雑用を押し付けられていたがまだ幼すぎて大したこともできず、それで怒鳴られたり殴られたり蹴られたりもしたことですごく苦痛だった。なのに、ここでは最初、雑用を押し付けられたりしなかったから、逆に不安になって自分から手伝いを申し出たら「ありがとう……」と感謝してもらえて、それが嬉しくて、進んで手伝うようになったというのもある。
そうしてイティラが鍋の用意をしている間にウルイは手際よく蛇を捌き、その肉を串に通していく。
それが終わると今度は、すぐに部屋の隅に置かれていた<真っ直ぐな細い木の枝>を手に取り、それを短刀で削り始めた。
<矢>を作っているのである。これはまだイティラには難しいからだ。
こうして、することがある時には共に淡々と役目を果たす。
それが二人の生活なのだった。
自分に対して明らかな親愛の情を向けてくるイティラに、ウルイはそんなことを考え始めていた。
正直、軽く考えていたというのはある。彼自身、十二歳の時に人間社会を見限って獣のように生きてきたこともあって、自分と他者の関係というものについて疎かった。
それでも一応、知人と言うか友人と言うかという存在はいたものの、その相手とはごく偶にしか、それこそ数年に一度というレベルで、偶然、顔を合わせた時に互いの情報を交換するという程度の付き合い、いや、そもそも『付き合い』と言っていいかどうかという関係である。
しかし、現在、ウルイが唯一、『人間の感性でもって』やり取りができる存在だ。
加えて、
『あいつなら、子供にも慣れてるはずだ……』
そんな考えが頭をよぎる。
だから、少なくとも、自分よりはきっと……
「明日は、少し遠出する……」
家に帰ると、ウルイはイティラにそう告げた。
「はい…!」
『どこに?』とか、『なぜ?』とか、彼女は問い掛けることもなく応える。彼女にとってウルイの言うことは<絶対>であり、疑問をさしはさむ隙などなかったのだ。
何しろ彼は、イティラの存在を丸ごと肯定してくれている。さすがに今の暮らしでは甘やかしてはくれないし楽で豊かで心地好い環境は与えてくれないが、その一方で彼女を蔑ろにはしないし、虐げもしない。彼女にできることは彼女にやらせつつ、できないことは力を貸してくれる。
それが徹底されていた。
ゆえに今も、イティラは言われるまでもなく自ら進んで火を熾し、干し肉の用意をし、鍋の用意をし、そこに水を張って山菜と干し肉を投入。夕食の用意を始めた。
これも、ウルイが命じたわけじゃない。イティラ自身が彼に教えを請うてできるようになったことだ。少しでも役に立って、彼の負担にならないようにと。
家族と共にいた頃にも雑用を押し付けられていたがまだ幼すぎて大したこともできず、それで怒鳴られたり殴られたり蹴られたりもしたことですごく苦痛だった。なのに、ここでは最初、雑用を押し付けられたりしなかったから、逆に不安になって自分から手伝いを申し出たら「ありがとう……」と感謝してもらえて、それが嬉しくて、進んで手伝うようになったというのもある。
そうしてイティラが鍋の用意をしている間にウルイは手際よく蛇を捌き、その肉を串に通していく。
それが終わると今度は、すぐに部屋の隅に置かれていた<真っ直ぐな細い木の枝>を手に取り、それを短刀で削り始めた。
<矢>を作っているのである。これはまだイティラには難しいからだ。
こうして、することがある時には共に淡々と役目を果たす。
それが二人の生活なのだった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
双子だからと捨てておいて、妹の代わりに死神辺境伯に嫁げと言われても従えません。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ツビンズ公爵家の長女に生まれたパウリナだったが、畜生腹と忌み嫌われる双子であった上に、顔に醜い大きな痣があったため、殺されそうになった。なんとか筆頭家老のとりなしで教会の前に捨てられることになった。時が流れ、ツビンズ公爵家に死神と恐れられる成り上がりの猛将軍との縁談話を国王から命じられる。ツビンズ公爵家で大切に育てられていた妹のアイリンは、王太子と結婚して王妃になる事を望んでいて……
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる