あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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犬小屋

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自分でもよく分からないことをしてしまってそれに困惑しつつも、狩人は黙々と自身にとっての日課を果たした。

まずは食事の用意だ。生きるためには食わなければいけない。

帰ってきた時に床に放り出した肉を手に取り、短刀で削ぐ。火から離れたところに置いてあったそれは、凍ってはいないものの冷え切っていた。

切り取った肉を、木の枝を利用した串に通していく。

昨夜と同じ食事だ。

彼にとって食事はただ命を繋ぐためのものでしかないので、毎日同じ内容でもまるで気にならない。

そして肉の用意を済ませると、今度はやはり昨日と同じスープの用意を始めた。

正直、<食事>と言うよりはやはり<餌>と言った方が近いだろうか。

けれど、肉を刺した串を火の傍に差すと、一気に肉の焼ける匂いが部屋に満ちていく。

すると、ぐっすりと寝ていたはずの少女の鼻がすんすんと鳴る。

同時に耳が動いて肉が焼ける音を捉えていた。

こうなるともう寝ていられなかったのだろう。

「……」

少女はもぞりと身をよじって、頭を起こし、周囲の様子を窺った。

昨夜と同じように鹿の毛皮に包まれ、あたたかな焚き火の傍にはいるものの、今度は明らかに室内。

『人間の…家……?』

とは思ったものの、はっきり言って少女が覚えている自分の家の物置の方がよっぽど立派だった。壁も床も煤け、決して多くはないものの毛皮や壺のようなものが雑然と置かれたそこがさすがに家には思えなかったので、

『犬小屋……かな……』

と考えを改めた。しかし犬小屋であれば火が焚かれているのもおかしいし、何より、昨日と同じように肉が焼かれているのも変だ。だから少女は混乱する。

そうして明らかに困惑している少女の姿に、狩人も、

「食べたかったら勝手に食え……」

自分の分の肉とスープを口にしながら、吐き捨てるように言った。その顔に戸惑いが見える。

「……」

少女は返事をすることもできずに、恐る恐る肉に手を伸ばす。男の様子を窺いながら。『勝手に食え』と言いながらも本当に食べようとすれば豹変して怒鳴ったりするのではないかと思いながら。

けれど、男は視線を向けることさえなく、自分の食事を続けている。

だから少女も、まだ生焼けの肉を手にして、警戒しながらも小さく齧り付き、ゆっくりと咀嚼した。

そんな少女の前に、温まったスープが入った椀も置かれる。

すると少女はそれも手にして、小さくすすった。やはり昨日と同じ血と山菜のスープだった。

それと肉とを一緒に食べると、生きた小動物にそのまま喰らい付いた時の記憶がよみがえる。

なのにそれが逆に、少女を少しだけホッとさせたのだった。

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