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ふたりの章
最北端
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女性と一緒に写っていた大型犬はどうなったんだろうとかふと思う。
『この女性と一緒に写っている犬はどうなりましたか?』
とAIに問い合わせると、あの災禍が発生する二ヶ月ほど前に老衰で死んだという情報が提示された。なるほど。
写真の高齢女性がその後もしばらく無事だったことを考えれば、その方が自然か。
しかし、家族も同然だった愛犬を亡くし、失意の中にあったであろうところにあの災禍があったことは、この女性にとってはどれだけのことだったんだろう。
それを思うとまたメインフレームに負荷が掛かる。
写真立てを<祭壇>に飾り、私は手を組んで祈りを捧げる仕草をした。これも、ロボットには本来は理解できない行動。なぜなら、ロボットは壊れることはあっても『死なない』から。だから<死を悼む>という感覚がない。
なのに、今の私にはそれが何となく分かるような気がしてしまう。
人間の肉体を持つリリア・ツヴァイも、<死の穢れ>は理解できないけれど<死を悼む>ということは理解できるらしい。
本当に私達は、ロボットでも人間でもない、何か別なものになってしまったんだなと改めて実感する。
だけど、そんな私達だからこそ見えるものがあるのかもしれない。そんな私達が見るからこそ理解できるものもあるかもしれない。
だから私達は旅を続けようと思う。
翌朝、朝食を済まし身支度を整えたリリア・ツヴァイと一緒に住人の墓にもう一度参って、それから出発した。人が住んでいた場所の中で、最も北を目指して。
そして一週間後、私達はとうとう、人の生活圏では最も北へと辿り着いた。
完全に雪に埋もれた町の跡に設置されたマーカーが、ここが安全を確保できる最北端だというデータを発信し、同時に、これ以上先に行くのは危険だと警告してくる。
北緯六十二度。これから先は、観測用の施設などがあるだけで、人が定住していた場所はない。
その施設がもし今でも稼働しているなら行くことはできるけど、万が一、機能を失ってたら私を充電することができない可能性が高い。そこまでのリスクは冒せない。私だけなら途中で機能停止しても構わないけど、リリア・ツヴァイがいるからそれはできない。
それに、北に来たんだから、今度は南を目指さなくちゃと思う。
「じゃあ、次は南に向かおうか?」
リリア・ツヴァイがそう尋ねてくる。
「そうだね。そうしよう」
私は応えて、ゆっくりとスノーモービルをUターンさせた。
そんな私達の頬を、冷たい風が撫でていく。
「うひ~っ、寒っ!」
フードを掴んで自分の頬を覆ったリリア・ツヴァイが思わず声を上げたのだった。
『この女性と一緒に写っている犬はどうなりましたか?』
とAIに問い合わせると、あの災禍が発生する二ヶ月ほど前に老衰で死んだという情報が提示された。なるほど。
写真の高齢女性がその後もしばらく無事だったことを考えれば、その方が自然か。
しかし、家族も同然だった愛犬を亡くし、失意の中にあったであろうところにあの災禍があったことは、この女性にとってはどれだけのことだったんだろう。
それを思うとまたメインフレームに負荷が掛かる。
写真立てを<祭壇>に飾り、私は手を組んで祈りを捧げる仕草をした。これも、ロボットには本来は理解できない行動。なぜなら、ロボットは壊れることはあっても『死なない』から。だから<死を悼む>という感覚がない。
なのに、今の私にはそれが何となく分かるような気がしてしまう。
人間の肉体を持つリリア・ツヴァイも、<死の穢れ>は理解できないけれど<死を悼む>ということは理解できるらしい。
本当に私達は、ロボットでも人間でもない、何か別なものになってしまったんだなと改めて実感する。
だけど、そんな私達だからこそ見えるものがあるのかもしれない。そんな私達が見るからこそ理解できるものもあるかもしれない。
だから私達は旅を続けようと思う。
翌朝、朝食を済まし身支度を整えたリリア・ツヴァイと一緒に住人の墓にもう一度参って、それから出発した。人が住んでいた場所の中で、最も北を目指して。
そして一週間後、私達はとうとう、人の生活圏では最も北へと辿り着いた。
完全に雪に埋もれた町の跡に設置されたマーカーが、ここが安全を確保できる最北端だというデータを発信し、同時に、これ以上先に行くのは危険だと警告してくる。
北緯六十二度。これから先は、観測用の施設などがあるだけで、人が定住していた場所はない。
その施設がもし今でも稼働しているなら行くことはできるけど、万が一、機能を失ってたら私を充電することができない可能性が高い。そこまでのリスクは冒せない。私だけなら途中で機能停止しても構わないけど、リリア・ツヴァイがいるからそれはできない。
それに、北に来たんだから、今度は南を目指さなくちゃと思う。
「じゃあ、次は南に向かおうか?」
リリア・ツヴァイがそう尋ねてくる。
「そうだね。そうしよう」
私は応えて、ゆっくりとスノーモービルをUターンさせた。
そんな私達の頬を、冷たい風が撫でていく。
「うひ~っ、寒っ!」
フードを掴んで自分の頬を覆ったリリア・ツヴァイが思わず声を上げたのだった。
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