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ふたりの章

死の穢れ

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人間には、<穢(けが)れ>という感覚があるらしい。

科学的に見れば決して取り立てて細菌が多い訳でもなく、汚れている訳でもないのに、『不浄である』と認識してしまうというものだ。

その<穢れ>の一つに、<死の穢れ>というものがあると聞く。私達ロボットには全く理解できない人間特有の感覚の代表だと思う。

確かに人間の死体は適切に処置しなければ細菌が増殖して腐敗し、悪臭を放ち、疫病の発生源になることもある。けれど、<感染症>というものとは無縁な私達ロボットにとってそれは<人間には有害>であると知識としては持っていても、『汚い』とは、『不浄』だとは感じない。

あくまで、『疫病の発生を防ぐ為に適切に対処しないといけない』と考えるだけだ。

でも人間は、たとえ腐敗した遺体でなくても触れたりすることを嫌う者も多い。死体は『穢れて』いるからだそうだ。<死>そのものが穢れなのだとも聞く。

だけど、人間の肉体を持ってはいても、その頭蓋内にあるのは有機部品を使った人工脳であり、<人格>のベースになっているのは博士と博士のメイトギアだった私の<疑似人格>をミックスしたものであるリリア・ツヴァイにも<穢れという感覚>は備わっていなかった。

だから彼女は、多くの人間がそうするような、<人が亡くなった場所>を忌避したりはしない。爆撃を受けた都市の跡を見て気分が悪くなってしまったのは、そこにいた人間達の痛みや苦しみや恐怖を想像してしまっただけである。故に、住人が亡くなった家だからといって、リビングには腐乱死体があった生々しい痕跡が残っているからといってそれを毛嫌いしたり、『怖くて眠れない』とか言ったりすることもなく、シャワーを浴びて食事を済ませて、その間に私が掃除したベッドに横になって、

「おやすみ」

と眠ってしまった。

こういうのは人間からすれば信じられないのかもしれないけど、私達ロボットからすれば人間が気にすることの方が不思議ではある。

リリア・ツヴァイの寝息を確認しつつ、私は、その家にあったものでリビングに簡単な祭壇をしつらえた。

これも、ロボットにとっては理解できないことだけど、人間はこうやって亡くなった人を悼む。理解できなくても、私達は人間がそれを望んでいるからその通りにする。

リビングにあった写真立てを手に、私達の姿を録画している監視カメラに向けて掲げ、

『これが亡くなった方ですか?』

と、家を管理するAIに尋ねてみた。AIからは『是』を意味する通信が返ってきた。

そこには、上品そうな高齢女性が、これも高齢そうな白い大型犬と一緒に写っていたのだった。

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