1 / 115
リリアテレサの章
ふたり
しおりを挟む
「足痛い…」
そう言って立ち止まった、十二歳くらいの外見をした黒い髪の彼女を、私は振り返って見た。まったく、まだ半日しか歩いてないわよ。ホント、人間の体って脆弱で煩わしい。
しかも喉も乾いてるし空腹感もある。警告なのか不可解な焦燥感が突きあげてくるのが分かる。水分と食事が必要か。すると私の地図情報に、コンビニエンスストアが引っかかってきた。
「しょうがない。背負っていくか」
私は、自分と殆ど背丈の変わらない彼女の体を背負って、そこからさらに三十分歩いた。他に人家も見当たらない、ただただ視界が開けているだけの、集落と集落を結ぶ幹線道路。もう自動車も通ることのないそこをとぼとぼと進む。
私の体は機械だから、疲れることはない。心もないから苦痛は感じない。ただ、余計な手間を掛けられるとそれを『煩わしい』と人間が称するのは知っている。
そんな私の視界の先に、ぽつんと忘れ去られたかのように佇む一軒の店舗が見えた。急速充電スタンドが併設されたコンビニエンスストアだ。
そこまで歩くと、私は彼女を下した。でももう満足に立ち上がることもできないようだったから店の前に彼女を残して私は中に入っていった。
けれど、店内にも人の気配はない。照明も点いてるし冷蔵庫も動いてるけど、従業員の姿さえない。ただ床に、人の形に埃のようなものが積もっているのが見えた。私はそれが何か知っているけれど、敢えて無視して店内を物色する。
私の名前はリリアテレサ。正式にはリリアJS605sという。一般的には<メイトギア>と称される種類のロボットの一台だ。
人間に似た外見とメイドを模したデザインが施され、人間の生活全般のサポートをするのが私達メイトギアの役目だった。
本来は。
もっとも、私は今、その役目を放棄して、彼女、リリア・ツヴァイと一緒に旅をしている。
リリア・ツヴァイは、生身だけれど正確には<人間>じゃない。その辺りの説明は面倒だからおいおいするとして、今はとにかく水と食料だ。
水は冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターでいいか。食料は、生鮮食品や弁当類やパン類はもう既におよそ人体が摂取するには適さないものに変わり果てているから、エネルギーバーを手に取ってリリア・ツヴァイの元に戻って手渡す。
それを受け取ると彼女は躊躇うことなく包みを破って中身を口に押し込んだ。賞味期限はとうの昔に過ぎているけれど、彼女なら別に問題ないだろう。ムシャムシャと頬張ってミネラルウォーターも口に含んでごくりと飲み下した。
エネルギーはともかく水分はすぐさま吸収されるのが分かる。
「ふう…」
と彼女は溜息を吐いて私を見上げた。その目に生気が戻ってきてるのを確認し、私は「やれやれ」と声を漏らす。
それから私はコンビニに併設された充電スタンドに行き、自らの充電を行う。私達メイトギアは、通常ならフル充電で一ヶ月は問題なく活動することができる。そして、ここのようにアミダ・リアクターを備えた店舗などなら無料で好きなだけ充電が可能だった。
アミダ・リアクターとは、人類の発明品でも最も新しいものの部類に入る、まだ数百年前(正確な時期は資料によってまちまちなので曖昧)に実用化されたばかりの、当時は画期的ともてはやされた電源だ。放射性同位体の放射線崩壊そのものから電気を得るというもので、一見すると<原子力電池>と呼ばれるものと似ているけれど、それらとは効率も発電能力も全く桁違いの、十分な量で半減期の長い放射性同位体を用いれば、理論上は数万年に亘って電気を得られるというものだった。
最初期のものは一般的な住宅を上回る大きさの装置だったそうだけれど、現在では小型化効率化低コスト化が進み、自動車くらいの大きさがあるものなら十分に搭載できて、店舗や住宅にも当たり前のように備え付けられるようになっていた。このコンビニの照明が点きっぱなし冷蔵庫もそのままというのはそのおかげだ。リアクター自体が百年単位でメンテナンスフリーだし。
なのでもう、普及が進んで発明当時のようなありがたみは薄れてるようだ。今後数百年以内にはさらに改良が進んで私達のようなロボットにさえ搭載されて充電が不要になるとも言われていた。まあ、さすがにそれまでは私も稼働していないと思う。
私自身、一号機がロールアウトしたのは百二十八年前(記録が正確ならば)だし。
十二歳程度の人間の少女の平均的な外見を与えられた私は、販売当初はニッチなニーズに合致して経営不振にあえいでいたメーカーを再浮上させる程度には人気も出たらしいけど、二匹目のどじょうを狙った競合他社が次々と同様のコンセプトのメイトギアを発売したことで供給過剰となり市場が崩壊。結果として私を作ったメーカーすら路線転換して後継機は作られずじまいだった。
なんてことを、充電しながら考えてる間、リリア・ツヴァイはコンビニの店内で勝手に商品を漁りながら涼んでいた。
だけどその時、私の中に警告信号が奔る。
「!?」
私は急速充電用のソケットを抜き取ってコンビニへと走った。すると店内には、映画などで良く出てくる<ゾンビ>と称されるクリーチャーに襲われるリリア・ツヴァイの姿があった。
ああもう! この程度にも自力で対処できないとか、本当に煩わしい!!
私は日用品が並べられていたコーナーから包丁を手に取って、パッケージに入ったままのそれを<ゾンビ>の頭に一切の手加減なく突き立てた。
見た目には子供のような私でも、体重百キロ程度の人間なら問題なく抱えあげられるだけのパワーはある。動く死体の頭に包丁を突き立てる程度のことは苦も無くできるのだった。
そう言って立ち止まった、十二歳くらいの外見をした黒い髪の彼女を、私は振り返って見た。まったく、まだ半日しか歩いてないわよ。ホント、人間の体って脆弱で煩わしい。
しかも喉も乾いてるし空腹感もある。警告なのか不可解な焦燥感が突きあげてくるのが分かる。水分と食事が必要か。すると私の地図情報に、コンビニエンスストアが引っかかってきた。
「しょうがない。背負っていくか」
私は、自分と殆ど背丈の変わらない彼女の体を背負って、そこからさらに三十分歩いた。他に人家も見当たらない、ただただ視界が開けているだけの、集落と集落を結ぶ幹線道路。もう自動車も通ることのないそこをとぼとぼと進む。
私の体は機械だから、疲れることはない。心もないから苦痛は感じない。ただ、余計な手間を掛けられるとそれを『煩わしい』と人間が称するのは知っている。
そんな私の視界の先に、ぽつんと忘れ去られたかのように佇む一軒の店舗が見えた。急速充電スタンドが併設されたコンビニエンスストアだ。
そこまで歩くと、私は彼女を下した。でももう満足に立ち上がることもできないようだったから店の前に彼女を残して私は中に入っていった。
けれど、店内にも人の気配はない。照明も点いてるし冷蔵庫も動いてるけど、従業員の姿さえない。ただ床に、人の形に埃のようなものが積もっているのが見えた。私はそれが何か知っているけれど、敢えて無視して店内を物色する。
私の名前はリリアテレサ。正式にはリリアJS605sという。一般的には<メイトギア>と称される種類のロボットの一台だ。
人間に似た外見とメイドを模したデザインが施され、人間の生活全般のサポートをするのが私達メイトギアの役目だった。
本来は。
もっとも、私は今、その役目を放棄して、彼女、リリア・ツヴァイと一緒に旅をしている。
リリア・ツヴァイは、生身だけれど正確には<人間>じゃない。その辺りの説明は面倒だからおいおいするとして、今はとにかく水と食料だ。
水は冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターでいいか。食料は、生鮮食品や弁当類やパン類はもう既におよそ人体が摂取するには適さないものに変わり果てているから、エネルギーバーを手に取ってリリア・ツヴァイの元に戻って手渡す。
それを受け取ると彼女は躊躇うことなく包みを破って中身を口に押し込んだ。賞味期限はとうの昔に過ぎているけれど、彼女なら別に問題ないだろう。ムシャムシャと頬張ってミネラルウォーターも口に含んでごくりと飲み下した。
エネルギーはともかく水分はすぐさま吸収されるのが分かる。
「ふう…」
と彼女は溜息を吐いて私を見上げた。その目に生気が戻ってきてるのを確認し、私は「やれやれ」と声を漏らす。
それから私はコンビニに併設された充電スタンドに行き、自らの充電を行う。私達メイトギアは、通常ならフル充電で一ヶ月は問題なく活動することができる。そして、ここのようにアミダ・リアクターを備えた店舗などなら無料で好きなだけ充電が可能だった。
アミダ・リアクターとは、人類の発明品でも最も新しいものの部類に入る、まだ数百年前(正確な時期は資料によってまちまちなので曖昧)に実用化されたばかりの、当時は画期的ともてはやされた電源だ。放射性同位体の放射線崩壊そのものから電気を得るというもので、一見すると<原子力電池>と呼ばれるものと似ているけれど、それらとは効率も発電能力も全く桁違いの、十分な量で半減期の長い放射性同位体を用いれば、理論上は数万年に亘って電気を得られるというものだった。
最初期のものは一般的な住宅を上回る大きさの装置だったそうだけれど、現在では小型化効率化低コスト化が進み、自動車くらいの大きさがあるものなら十分に搭載できて、店舗や住宅にも当たり前のように備え付けられるようになっていた。このコンビニの照明が点きっぱなし冷蔵庫もそのままというのはそのおかげだ。リアクター自体が百年単位でメンテナンスフリーだし。
なのでもう、普及が進んで発明当時のようなありがたみは薄れてるようだ。今後数百年以内にはさらに改良が進んで私達のようなロボットにさえ搭載されて充電が不要になるとも言われていた。まあ、さすがにそれまでは私も稼働していないと思う。
私自身、一号機がロールアウトしたのは百二十八年前(記録が正確ならば)だし。
十二歳程度の人間の少女の平均的な外見を与えられた私は、販売当初はニッチなニーズに合致して経営不振にあえいでいたメーカーを再浮上させる程度には人気も出たらしいけど、二匹目のどじょうを狙った競合他社が次々と同様のコンセプトのメイトギアを発売したことで供給過剰となり市場が崩壊。結果として私を作ったメーカーすら路線転換して後継機は作られずじまいだった。
なんてことを、充電しながら考えてる間、リリア・ツヴァイはコンビニの店内で勝手に商品を漁りながら涼んでいた。
だけどその時、私の中に警告信号が奔る。
「!?」
私は急速充電用のソケットを抜き取ってコンビニへと走った。すると店内には、映画などで良く出てくる<ゾンビ>と称されるクリーチャーに襲われるリリア・ツヴァイの姿があった。
ああもう! この程度にも自力で対処できないとか、本当に煩わしい!!
私は日用品が並べられていたコーナーから包丁を手に取って、パッケージに入ったままのそれを<ゾンビ>の頭に一切の手加減なく突き立てた。
見た目には子供のような私でも、体重百キロ程度の人間なら問題なく抱えあげられるだけのパワーはある。動く死体の頭に包丁を突き立てる程度のことは苦も無くできるのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
メルシュ博士のマッドな情熱
京衛武百十
SF
偽生症(Counterfeit Life Syndrome)=CLSと名付けられた未知の病により死の星と化した惑星リヴィアターネに、一人の科学者が現れた。一切の防護措置も施さず生身で現れたその科学者はたちまちCLSに感染、死亡した。しかしそれは、その科学者自身による実験の一環だったのである。
こうして、自らを機械の体に移し替えた狂気の科学者、アリスマリア・ハーガン・メルシュ博士のマッドな情熱に溢れた異様な研究の日々が始まったのであった。
筆者より。
「死の惑星に安らぎを」に登場するマッドサイエンティスト、アリスマリア・ハーガン・メルシュ博士サイドの物語です。倫理観などどこ吹く風という実験が行われます。ご注意ください。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる