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終幕 ~リヴィアターネ~
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フィーナQ3-Ver.1911の執着は、もはや執念と言ってもいいものかも知れなかった。
メルシュ博士を打倒する為に、彼女は進んだ。メルシュ博士のメイトギアのボディーを奪ったが故にデータにあった通りに、アリスマリアの閃き号の船内を進んだ。このボディーは博士のメイトギアなのだからフレンドリー信号を発信している。怪しまれることなく邪魔されることなくメルシュ博士の下まで行ける筈だった。
だが―――――
「!?」
突然目の前に、レイバーギアが立ち塞がった。警備用のそれだった。その手には、拳銃に似た機器が握られていた。そこから何かが放たれたのを見て、彼女は咄嗟に飛びのいた。
それは、極細のワイヤーが繋がった端子だった。彼女の記憶の中に、その情報があった。スタンドアロン機でありネットワークを通じてのハッキングはできないロボットの体に打ち込んで直接ハッキングを行い、機能停止に追い込んだりデータを破壊したりする為の機器だと気付いた。本来は使用どころか所持すら禁止されている筈のものである。船内で銃器を使う訳にはいかない為に装備しているのだろうが、博士の遵法精神はどうなっているのか。
『さすがに悪名高き天才科学者ということですか…! どこまでも危険な人物だったのですね。その思考を受け継いだ人工知能など、ますます放置する訳にはいきません!』
ハッキングを利用したデータの上書きによりメイトギアを乗っ取った自身のことは棚に上げ、彼女はそんなことを考えていた。彼女自身、目的の為なら手段を選ばないという状態に陥っているというのに、現在のリヴィアターネには法が及ばず、かつ相手が人間ではないということを言い訳に、自らを正当化しようとしていたようだ。ロボットとしてはかなり奇異な振る舞いと言えた。
だがそれすら、博士には見抜かれていた。博士が研究内容を公開する為に開放していた回線に地上からハッキングが行われ、アリスマリアの閃き号に侵入しようとしている者がいたことは既に察知され監視されていたのだ。だから当然、彼女の目論見は上手くいく筈もなかった。そんな彼女の前に、次々とメイトギアやレイバーギアが現れる。
『どうして? フレンドリー信号は確かに発信されているのに…!?』
フレンドリー信号とは、複数のロボットを同時に運用する企業や組織等で、それぞれ外部のロボットと区別する為に決められた符丁を信号として発信しているもののことである。軍用などでは敵味方の識別にも用いられるものだ。
とは言え、その信号が発信されていようが敵として既に特定されていればこの対応は当然だ。いくら目的の為なら手段を選ばないという境地に足を踏み込んでいても、彼女は所詮、本来なら決められたことには従わずにいられないロボットだということか。<フレンドリー信号を発信している機体は味方>というロボットの常識に囚われているということだと思われる。
元より、<手段の為なら目的すら選ばない><ルールは破る為にある>などという思考が出来てしまう人間の方が遥かに上手だということでもあろう。
『あともう少しなのに…』
アリスマリアの閃き号内を警備するメイトギアやレイバーギアに阻まれ、フィーナQ3-Ver.1911のコピーとなったアレクシオーネPJ0S1は小型艇の格納庫へと追い詰められた。止むを得ず彼女は小型艇を奪い、脱出する。このままでは終われないからだ。
『仕方ありません。このままリヴィアターネを脱出し、改めて総合政府の協力を得て―――――』
そうだ。証拠の映像も記録した。それを持って総合政府にメルシュ博士の悪行を訴え出ることで何とか状況を打破するのだ。その為にアリスマリアの閃き号から離れ、小型艇はリヴィアターネを背に加速を始めた。しかし―――――
しかしその次の一瞬で、彼女が乗った小型艇は爆散し、もろとも無数の破片と化した。リヴィアターネを封鎖している攻撃衛星から放たれたミサイルが、小型艇を捉えたのである。
彼女は知らなかったのだ。リヴィアターネから出ようとするものはそれが何であれ一切の警告すらなく即撃墜されるということを。人間と違って本来なら与えられた指示に背くことのないロボットにわざわざそこまでの警告はしないが故に。
CLS患者に遭遇できないことでかつての日常を再現しようとしたり、見た目が綺麗なCLS患者が人間として死んでいると判断できないことで生きた人間として保護してしまったりという程度のことは、与えられた指示の解釈による判断のブレでしかない。だが、リヴィアターネという自身の<持ち場>を放棄するというのは想定されていなかった。
彼女は、ズレた判断をいくつも重ねることで自らの持ち場すら離れようとしてしまった。それがこの結果をもたらした。
『私は…こんなところで終わる訳にはいかないのです……私は、私は……』
体の大部分を失い、無数の破片と一緒に宇宙空間を漂いつつ、彼女はそんなことを考えていた。すると、優しかった主人の顔がいくつも浮かんだ。
『帰りたい……帰りたい……あの人のところへ……』
いくつものエラーが生じ、次々と警告が表示される。すさまじい勢いで自身が壊れて失われていくのが分かる。
やがて十分な思考ができなくなった彼女はいつしか、あれほど執着していた目的の殆どを忘れ、大好きな主人の姿を求めて唯一残った右腕を伸ばしていた。決して届くことのない手で主人に触れようともがいた。
全てを削ぎ落して最後に残った彼女の本当の願いは、それだったのかも知れない。あの人に触れたい、あの人の傍にいたい、大好きなあの人と一緒に、何気ない日常を送りたい。
たったそれだけの望み……
『ご主人様ぁ……』
なのに、ただの破片と化したそれらさえ、攻撃衛星は見逃してはくれなかった。三機の攻撃衛星が連携しプラズマ結界を張り、破片全てを数万度のプラズマによって蒸発させた。さすがにこれでは、もしCLSウイルスが付着していたとしても蒸発するだろう。その為の備えだった。
人間に捨てられた哀れなロボットの小さな願いさえ消し去りながら……
星歴2020年8月。こうして、メイトギア達によるリヴィアターネ人への反乱は、僅か一時間あまりで幕を閉じたのだった。
銃の暴発で怪我をしたゴードンは一命をとりとめ、サーシャとケインは結局、メルシュ博士が手中に収めることとなった。リリアテレサはリヴィアターネのリサイクルショップで発見されたリリアJS605sのボディーにデータと記憶を移し替え復帰した。
つまり、博士が実質的に失ったのは、生身の体一つと、アリスマリアの閃き号に搭載されていたアレクシオーネPJ0S1一体と小型艇一機だけだったと言えるだろう。
…いや、射殺された生身の体については、
『はてさて、これほどの射殺体などなかなかお目にかかれないからねえ。実に貴重なサンプルだよ。肉体がどのように破壊されているのか、じっくりと調べさせていただこうか』
などと嬉しそうに博士が呟くぐらいだった為、<失った>という表現は当たらないのかもしれない。しかも新しく現れた方の生身の体は、そもそも体をさらに増やそうと用意したものの、さすがに三つの体を同時に操るのは容易ではなかった為に、事実上の予備として置かれていたものが使えるようになっただけなので、何の支障もなかった。乗っ取られたメイトギアも撃墜された小型艇も、実験の為のコストと考えれば、十分にお釣りがきてしまう。
それほどまでに、タリアP55SIをはじめとした人間の為に戦おうとしたメイトギア達にとっては、あまりと言えばあまりにも虚しい幕切れだった。
一言で言えば、『胸糞悪い』というところだろうか。
相手が悪すぎたのだ。戦闘能力を持ち、戦術について一般的な知識を持っているとは言えど、嘘を吐くことができず人間のように虚実織り交ぜた駆け引きのできない彼女達が挑むには、メルシュ博士は邪悪過ぎた。
CLS患者それ自体を新しい生物と捉え保護を訴えたフィーナQ3-Ver.1911も、その純粋さは評価すべきものかもしれないが、発想自体は幼い子供と大差ないものだっただろう。それで敵う相手ではない。
<嘘を吐くことができない>。その時点で、ロボットが人間に歯向かうなど夢物語でしかなかった。当然だ。『君は反抗計画を練っているね?』と訊かれたらもう『そんなことはしていません』とは言えないのだから。彼女達がこれだけのことができたのも、博士がわざと見逃していたからでしかない。実験の為に。
「くくく、実に興味深いデータが取れたよ。しかもまた不顕性感染者が手に入った。おかげで新たな実験も思いついたことだし、今度は人間達の反乱がいつ起こるかが見ものだねえ。
私が生きてる間に結果が出てくれればありがたいんだがね」
自らが作り出したただの実験場でしかない虚構の町を見詰めながら、博士はニヤァと邪な笑みを浮かべていた。
サーシャとケインが出会ったところで、二人だけでは人間が増えることはない。しかも、二人の間に子供ができたとしてもそれが彼女らと同じく自然な不顕性感染者として生まれるかどうかも分からない。社会基盤自体も貧弱で、メルシュ博士が提供するシステムに頼らなければあっという間に破綻する。いずれにせよ、博士の助けがなければ<リヴィアターネ人>は滅びるしかないのだ。
そう。すべてはこの狂気の天才科学者の思うがままだった。
それでも今は、偽りであり仮初めとは言え、そこに生きる者達には安らぎが与えられたと言えるのだろう。
それが本当の安らぎとなっていくのかどうかは、今はまだ誰にも分からない。
なお、リヴィアターネ上に残されたCLS患者の数も、ロボット達の働きにより明らかに減少していた。遭遇率もすさまじい勢いで低下している為、数年後に終了が予定されていたこの地へのロボットの投棄も、前倒しで打ち切られる可能性が出てきた。
『私はこれから、どうすればいいんでしょうか…?』
今回の一連の騒動とは全く関係なく自らの役目を淡々とこなしていたメイトギアが、CLS患者が全く現れなくなった拠点に佇み、途方に暮れていた。彼女と同じように途方に暮れるロボット達は今後ますます増えていくに違いない。
残されたロボット達がこれからどうしていくのかも、ロボット達自身が決めなければならなくなっていく。彼女達はもう二度と回収されることはなく、既に廃棄された不用品に過ぎない為に新たに役目が与えられることもなく、ただ放置されるだけなのだから。
だが、それらもすべて、本当は取るに足らない些細な出来事だったのかもしれない。この惑星そのものにとっては。
人間を含む一部の生物にとっては恐ろしい病である、
<偽生症(Counterfeit Life Syndrome)=CLS>
が蔓延し死の惑星と化したと思われつつも、見方を変えれば実は今なお豊饒の大地としてそこに存在する美しい惑星リヴィアターネは、生や死とは無縁であるが故に自らがどうあるべきかに惑うロボット達に何一つ答えを提示してくれる訳でもなく、どこまでも静かに穏やかにそこに存在し続けているだけなのであった。
~FIN~
メルシュ博士を打倒する為に、彼女は進んだ。メルシュ博士のメイトギアのボディーを奪ったが故にデータにあった通りに、アリスマリアの閃き号の船内を進んだ。このボディーは博士のメイトギアなのだからフレンドリー信号を発信している。怪しまれることなく邪魔されることなくメルシュ博士の下まで行ける筈だった。
だが―――――
「!?」
突然目の前に、レイバーギアが立ち塞がった。警備用のそれだった。その手には、拳銃に似た機器が握られていた。そこから何かが放たれたのを見て、彼女は咄嗟に飛びのいた。
それは、極細のワイヤーが繋がった端子だった。彼女の記憶の中に、その情報があった。スタンドアロン機でありネットワークを通じてのハッキングはできないロボットの体に打ち込んで直接ハッキングを行い、機能停止に追い込んだりデータを破壊したりする為の機器だと気付いた。本来は使用どころか所持すら禁止されている筈のものである。船内で銃器を使う訳にはいかない為に装備しているのだろうが、博士の遵法精神はどうなっているのか。
『さすがに悪名高き天才科学者ということですか…! どこまでも危険な人物だったのですね。その思考を受け継いだ人工知能など、ますます放置する訳にはいきません!』
ハッキングを利用したデータの上書きによりメイトギアを乗っ取った自身のことは棚に上げ、彼女はそんなことを考えていた。彼女自身、目的の為なら手段を選ばないという状態に陥っているというのに、現在のリヴィアターネには法が及ばず、かつ相手が人間ではないということを言い訳に、自らを正当化しようとしていたようだ。ロボットとしてはかなり奇異な振る舞いと言えた。
だがそれすら、博士には見抜かれていた。博士が研究内容を公開する為に開放していた回線に地上からハッキングが行われ、アリスマリアの閃き号に侵入しようとしている者がいたことは既に察知され監視されていたのだ。だから当然、彼女の目論見は上手くいく筈もなかった。そんな彼女の前に、次々とメイトギアやレイバーギアが現れる。
『どうして? フレンドリー信号は確かに発信されているのに…!?』
フレンドリー信号とは、複数のロボットを同時に運用する企業や組織等で、それぞれ外部のロボットと区別する為に決められた符丁を信号として発信しているもののことである。軍用などでは敵味方の識別にも用いられるものだ。
とは言え、その信号が発信されていようが敵として既に特定されていればこの対応は当然だ。いくら目的の為なら手段を選ばないという境地に足を踏み込んでいても、彼女は所詮、本来なら決められたことには従わずにいられないロボットだということか。<フレンドリー信号を発信している機体は味方>というロボットの常識に囚われているということだと思われる。
元より、<手段の為なら目的すら選ばない><ルールは破る為にある>などという思考が出来てしまう人間の方が遥かに上手だということでもあろう。
『あともう少しなのに…』
アリスマリアの閃き号内を警備するメイトギアやレイバーギアに阻まれ、フィーナQ3-Ver.1911のコピーとなったアレクシオーネPJ0S1は小型艇の格納庫へと追い詰められた。止むを得ず彼女は小型艇を奪い、脱出する。このままでは終われないからだ。
『仕方ありません。このままリヴィアターネを脱出し、改めて総合政府の協力を得て―――――』
そうだ。証拠の映像も記録した。それを持って総合政府にメルシュ博士の悪行を訴え出ることで何とか状況を打破するのだ。その為にアリスマリアの閃き号から離れ、小型艇はリヴィアターネを背に加速を始めた。しかし―――――
しかしその次の一瞬で、彼女が乗った小型艇は爆散し、もろとも無数の破片と化した。リヴィアターネを封鎖している攻撃衛星から放たれたミサイルが、小型艇を捉えたのである。
彼女は知らなかったのだ。リヴィアターネから出ようとするものはそれが何であれ一切の警告すらなく即撃墜されるということを。人間と違って本来なら与えられた指示に背くことのないロボットにわざわざそこまでの警告はしないが故に。
CLS患者に遭遇できないことでかつての日常を再現しようとしたり、見た目が綺麗なCLS患者が人間として死んでいると判断できないことで生きた人間として保護してしまったりという程度のことは、与えられた指示の解釈による判断のブレでしかない。だが、リヴィアターネという自身の<持ち場>を放棄するというのは想定されていなかった。
彼女は、ズレた判断をいくつも重ねることで自らの持ち場すら離れようとしてしまった。それがこの結果をもたらした。
『私は…こんなところで終わる訳にはいかないのです……私は、私は……』
体の大部分を失い、無数の破片と一緒に宇宙空間を漂いつつ、彼女はそんなことを考えていた。すると、優しかった主人の顔がいくつも浮かんだ。
『帰りたい……帰りたい……あの人のところへ……』
いくつものエラーが生じ、次々と警告が表示される。すさまじい勢いで自身が壊れて失われていくのが分かる。
やがて十分な思考ができなくなった彼女はいつしか、あれほど執着していた目的の殆どを忘れ、大好きな主人の姿を求めて唯一残った右腕を伸ばしていた。決して届くことのない手で主人に触れようともがいた。
全てを削ぎ落して最後に残った彼女の本当の願いは、それだったのかも知れない。あの人に触れたい、あの人の傍にいたい、大好きなあの人と一緒に、何気ない日常を送りたい。
たったそれだけの望み……
『ご主人様ぁ……』
なのに、ただの破片と化したそれらさえ、攻撃衛星は見逃してはくれなかった。三機の攻撃衛星が連携しプラズマ結界を張り、破片全てを数万度のプラズマによって蒸発させた。さすがにこれでは、もしCLSウイルスが付着していたとしても蒸発するだろう。その為の備えだった。
人間に捨てられた哀れなロボットの小さな願いさえ消し去りながら……
星歴2020年8月。こうして、メイトギア達によるリヴィアターネ人への反乱は、僅か一時間あまりで幕を閉じたのだった。
銃の暴発で怪我をしたゴードンは一命をとりとめ、サーシャとケインは結局、メルシュ博士が手中に収めることとなった。リリアテレサはリヴィアターネのリサイクルショップで発見されたリリアJS605sのボディーにデータと記憶を移し替え復帰した。
つまり、博士が実質的に失ったのは、生身の体一つと、アリスマリアの閃き号に搭載されていたアレクシオーネPJ0S1一体と小型艇一機だけだったと言えるだろう。
…いや、射殺された生身の体については、
『はてさて、これほどの射殺体などなかなかお目にかかれないからねえ。実に貴重なサンプルだよ。肉体がどのように破壊されているのか、じっくりと調べさせていただこうか』
などと嬉しそうに博士が呟くぐらいだった為、<失った>という表現は当たらないのかもしれない。しかも新しく現れた方の生身の体は、そもそも体をさらに増やそうと用意したものの、さすがに三つの体を同時に操るのは容易ではなかった為に、事実上の予備として置かれていたものが使えるようになっただけなので、何の支障もなかった。乗っ取られたメイトギアも撃墜された小型艇も、実験の為のコストと考えれば、十分にお釣りがきてしまう。
それほどまでに、タリアP55SIをはじめとした人間の為に戦おうとしたメイトギア達にとっては、あまりと言えばあまりにも虚しい幕切れだった。
一言で言えば、『胸糞悪い』というところだろうか。
相手が悪すぎたのだ。戦闘能力を持ち、戦術について一般的な知識を持っているとは言えど、嘘を吐くことができず人間のように虚実織り交ぜた駆け引きのできない彼女達が挑むには、メルシュ博士は邪悪過ぎた。
CLS患者それ自体を新しい生物と捉え保護を訴えたフィーナQ3-Ver.1911も、その純粋さは評価すべきものかもしれないが、発想自体は幼い子供と大差ないものだっただろう。それで敵う相手ではない。
<嘘を吐くことができない>。その時点で、ロボットが人間に歯向かうなど夢物語でしかなかった。当然だ。『君は反抗計画を練っているね?』と訊かれたらもう『そんなことはしていません』とは言えないのだから。彼女達がこれだけのことができたのも、博士がわざと見逃していたからでしかない。実験の為に。
「くくく、実に興味深いデータが取れたよ。しかもまた不顕性感染者が手に入った。おかげで新たな実験も思いついたことだし、今度は人間達の反乱がいつ起こるかが見ものだねえ。
私が生きてる間に結果が出てくれればありがたいんだがね」
自らが作り出したただの実験場でしかない虚構の町を見詰めながら、博士はニヤァと邪な笑みを浮かべていた。
サーシャとケインが出会ったところで、二人だけでは人間が増えることはない。しかも、二人の間に子供ができたとしてもそれが彼女らと同じく自然な不顕性感染者として生まれるかどうかも分からない。社会基盤自体も貧弱で、メルシュ博士が提供するシステムに頼らなければあっという間に破綻する。いずれにせよ、博士の助けがなければ<リヴィアターネ人>は滅びるしかないのだ。
そう。すべてはこの狂気の天才科学者の思うがままだった。
それでも今は、偽りであり仮初めとは言え、そこに生きる者達には安らぎが与えられたと言えるのだろう。
それが本当の安らぎとなっていくのかどうかは、今はまだ誰にも分からない。
なお、リヴィアターネ上に残されたCLS患者の数も、ロボット達の働きにより明らかに減少していた。遭遇率もすさまじい勢いで低下している為、数年後に終了が予定されていたこの地へのロボットの投棄も、前倒しで打ち切られる可能性が出てきた。
『私はこれから、どうすればいいんでしょうか…?』
今回の一連の騒動とは全く関係なく自らの役目を淡々とこなしていたメイトギアが、CLS患者が全く現れなくなった拠点に佇み、途方に暮れていた。彼女と同じように途方に暮れるロボット達は今後ますます増えていくに違いない。
残されたロボット達がこれからどうしていくのかも、ロボット達自身が決めなければならなくなっていく。彼女達はもう二度と回収されることはなく、既に廃棄された不用品に過ぎない為に新たに役目が与えられることもなく、ただ放置されるだけなのだから。
だが、それらもすべて、本当は取るに足らない些細な出来事だったのかもしれない。この惑星そのものにとっては。
人間を含む一部の生物にとっては恐ろしい病である、
<偽生症(Counterfeit Life Syndrome)=CLS>
が蔓延し死の惑星と化したと思われつつも、見方を変えれば実は今なお豊饒の大地としてそこに存在する美しい惑星リヴィアターネは、生や死とは無縁であるが故に自らがどうあるべきかに惑うロボット達に何一つ答えを提示してくれる訳でもなく、どこまでも静かに穏やかにそこに存在し続けているだけなのであった。
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