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それで気が済むんなら

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人間の命が安いということは、それだけショックを受けても引きずらないということでもある。

しかしトレアは、毎日、母子が亡くなっていた小屋の方を向いて祈りを捧げていた。せめてものということなんだろう。

私のような存在からすれば、

『無意味なことを』

とも思ってしまうが、『死者を悼む』という行為は、そもそも生者が<死>というものと折り合いをつけるために行うものだから、完全に無意味というわけでもないのだろう。

藍繪正真らんかいしょうまはその辺りを承知していたわけではないが、

『まあ、それで気が済むんなら……』

とトレアの勝手にさせていた。

まったく。自分は見ず知らずの人間に八つ当たりとして包丁で切り付けて殺そうとしていたクセにな。

いい加減なもんだ。

そうこうしている間にも、野犬にも貪られた母子の死体は綺麗に白骨となり、やがて臭いも和らいできた。野犬も他に餌を求めて移動したようだ。生きている人間は下手に襲うと自分達よりはるかに大きな群れとなって反撃してくることを野犬共は知っているので、生きている人間はあまり襲わないようだな。

まあ、それでも中には無謀な奴もいるだろうが、少なくともこの周囲にいる奴らはその辺をわきまえているらしくあまり襲ってはこないらしい。

ふん、命拾いしたな。

もっとも、藍繪正真らんかいしょうまの場合は、野犬に食い散らかされても完全に元の状態に巻き戻されるから関係ないが。

ただ、トレアは諦めろ。きれいさっぱり食い尽くされるに違いない。

その時、藍繪正真《らんかいしょうま》はどんな顔をするかな? まだ大してショックも受けんか?

もう少し様子を見てからの方がいいか?

私がそんなことを考えている間にも、藍繪正真らんかいしょうまとトレアは、淡々と毎日を過ごす。

ところで、生きている以上は食うものも食うし、出すものも出す。アニメのキャラクターならその辺りのことは無視してしまえばいいかもしれないが、生身の人間はそうはいかん。

それについては、小屋から少し離れたところに手で穴を掘り、それを、トレアが川から拾ってきた流木を柱にし、同じくトレアが背の高い枯れ草を編んで作った<ゴザ>のようなもので覆って小さなテントのようにして、<厠《かわや》>を作った。

ただしそれは主人である藍繪正真らんかいしょうまのためであって、トレアの方はそれこそ草の陰に穴を掘ってそこで用を足していた。

するとそれに気付いた藍繪正真らんかいしょうまが、

「…なんでそんなところでしてるんだ? こっちでやればいいじゃないか」

と、<厠>を使うように促した。

これについてはトレアは、

「そんな、めっそうもない…!」

と言って固辞しようとしたが、

「俺がいいと言ってるんだ、命令だ!」

そう言って厠を使わせたのだった。

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