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他人を気遣う余裕

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『どうしたんだろう……?』

その次の日も、例の子供は現れなかった。

『自分で食べ物を見付けられるようになったのならいいんだけど……』

そう考えた瞬間、トレアの胸にたまらない不安がよぎり、体が締め付けられるような気がした。

『まさか……?』

嫌な予感に突き動かされるように、子供が現れた草の陰を覗き込む。するとその先に、自分達が住んでいるのと似たような小屋がぽつんと建っていた。そしてそこには……

「あ…あ、そんな……!」

思わずトレアが駆け寄ると、そこにはあの子供と、母親らしき女性が小屋の前に倒れ、既に一目見ただけで手遅れだと分かる様子で息絶えていた。

その二人のそばには、煮汁らしき液体と僅かな食べ残しの野草が残されている。

トレアはそれを見て察してしまった。

『毒草を食べてしまったんだ……』

と。

実際、その鍋に残されていたのは、トレアが渡した野草に似ただけの、強い麻痺性の毒があることで多少でも知識を持つ者なら決して口にしないものだった。

改めて見ると、母親らしき女性は片方の足がなかった。そのせいで仕事すらままならず、痣を持つ子供と身を寄せ合ってここで暮らしていたのだろう。子供が姿を見せるようになったのは数日前からなので、最近、流れ着いたのかもしれない。

野草に対する知識も十分でなかったことで、トレアからもらった野草なら食べられると知り、似た野草を自分達で採って食べようとしたのだろうな。しかし、それは猛毒を持つ別の植物だったということだ。

すでに手の施しようもないのはトレアにも分かってしまい、彼女はただ背を向けて自分達の小屋へと戻ってきた。

泣きながら。

「ど、どうした……!?」

帰ってきたトレアが泣いていたことで、藍繪正真らんかいしょうまはギョッとする。

「何があった…?」

ついそんな風に訊いてしまった主人に、トレアは泣きじゃくりながら応えた。

「私が野草を渡した子が、死んでいました……私が渡したのと似た毒草を自分で採って食べてしまったんだと思います……私のせいです……私がちゃんと教えておけば……」

普通なら奴隷は、そこまで他人のことを気にしたりはしない。なにしろ自分の境遇に耐えることで精一杯だからな。他人を気遣う余裕などないのだ。

なのにトレアの場合は、藍繪正真らんかいしょうまに人間として受け止められてしまったことで、僅かながらその余裕ができてしまった。故にショックを受けてしまったのだろう。

皮肉にも、人間性を取り戻せてしまったことが仇となったのだ。野草を分け与えてしまったのも、それが原因である。

トレアに案内させて、藍繪正真らんかいしょうまはその母子らしき二人のところに行き、遺体を引きずって移動させて並べ、剣で草を刈り取って被せた。

本当なら穴を掘って埋めたいところだったが、道具がなかったことでそれしかできなかったのだ。

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