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どんなものでも使い方を間違えば危険なんだ

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現場に向かうにあたって私は、メロエリータを通じてトランゼンベス卿にお願いをしてた。

「被害が出た隣国への緊急援助をお願いします! 食糧支援と、来年蒔く為の種を! 費用はカリン商会で負担してもいい!!」

って。

直接的な被害ももちろん問題だけど、今回のことで堆肥に対する不信感や嫌悪感が農家の間で広まってしまうとそれを取り戻す時間はどれほどのものになるか分からないから、早い段階で徹底した対処を行って悪評が定着するのを極力防ぎたい。

今回のことでも分かるように、堆肥を使うのにもリスクは伴う。確かに堆肥は自然のものを利用する訳だけど、自然なもの=安心安全じゃないんだ。どんなものでも使い方を間違えば危険なんだ。

私の要請に対するトランゼンベス卿の対応は迅速だった。幸い、ファルトバウゼン王国の各地で始まった堆肥の利用により次々と成果が上がって今年の収穫が望めたことから、備蓄の放出に踏み込んでもらえたっていうのもあった。

そのことを、私達と一緒に隣国に特使として赴くことになったキラカレブレン子爵が伝えてくれた。

彼はトランゼンベス卿の下で農耕について学んでいる学者でもあって、隣国ゼーベルフエル王国にも縁故を持つことで特使に選ばれた若い貴族だった。美麗、というのとは少し違うけど、意志の強そうな、それでいて理知的な雰囲気も持った<男前>、だと思う。

「かかる事態に当たっての迅速な対応、感謝します」

私達と合流した時、彼は開口一番、そう言って握手を求めてきた。今から行くところは、彼の親戚にあたる貴族の領地でもある場所だった。そういうこともあって今回の件には適任だということらしい。

だから彼個人としても、私がいち早く支援を提案したことに感謝してくれてたんだって。

ああでも、私にとってはそういう個人的なことはそんなに重要じゃない。今はとにかく被害の状況を確認して手を打ちたいだけなんだ。

焦る気持ちを抑え付けつつ、取り敢えず私の手持ちの種とか堆肥を積んだ馬車を急がせ、現場へと向かった。途中、国境付近で、警備を担当してる軍の宿営地で一泊して、翌日の昼前には現場に入ることができた。

でも、そこで見た光景は、私が想像していた以上に酷いものだった。

小麦は立ち枯れ、葉物野菜はまったく生育せずに変色し、もう手の打ちようがない状態だ。

間違いない。未熟な堆肥を大量に投入したことで、そこに残った有機物を分解する為に微生物が窒素を消費してしまったことによる<窒素飢餓>が起こったんだ。実習で見に行った、同じ失敗をした畑に広がっていた光景と同じものだった。

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