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それを指針として自らを律していきたいと思います

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「この文献については、原典も含めて丁寧に保管しておいてほしいと思う。そしていずれこの国の人達がそれを研究して自分達の過去に向き合うきっかけにしてほしいと思う。私からは、何もしない。私一人の力で何とかできるとは思わないから……」

静かにそう言った私に、メロエリータはフッと微笑んだ。

「それでいい。以前にも言った通り、これは私達の世界の問題だ。お前がそれをどうこうしなきゃいかん理由はないんだ。それに…」

『それに』とメロエリータが言った理由は、私にも分った。だから思わず口にでる。

「それに、奴隷達の待遇には改善の傾向が見られるしね」

そうだった。私が、

『奴隷はこの国の産業にとって大事な<道具>です。道具は大切に使わないとそれは結果として国益を損ねます』

という考え方を提示したことで、奴隷に対する暴行についてこれまでは黙認されてきたのが、建前上だけとはいえ禁止される動きが出てきたんだ。

もちろんこれで一足飛びに奴隷達の境遇が改善されるとは思わない。ただ、そういう流れにはなりつつあると思う。

その中でこの国の人達自身が自分達の過去と向き合うようになっていってほしいんだ。

「なれば、この<写し>は、ガルフフラブラ王国の民間の<書庫>にて保管してもらうことにしよう。実はすでにその話はつけてあるんだ」

そう言うメロエリータに、私はまた苦笑いが浮かぶ。

「ホントに抜け目ないね」

こうしてガルフフラブラ王国にも、もしかしたら戦乱の火種にもなりかねないかもしれないけど、とても重要な情報がもたらされることになった。私としてはそれを理性的に活用していってほしいと願うばかりだ。

そして私は、ブルイファリドやティンクフルムにそれとなく伝えておいた。

「歴史っていうのは、勝者に都合のいいように編纂されることが多いんです。だから、自分達が真実だと思っていたことが実際にはまるで違う意味を持っているということが往々にして起こる。

この国の歴史においても、そういうことはあると思います。いずれはそれに光が当てられることもあるでしょう。その時に、あなた方には冷静に客観的に物事を見るように心掛けてほしいと思うんです……」

ってね。

いつになく真剣な私に、ティンクフルムだけじゃなく、ブルイファリドまで緊張した様子だった。そして、

「分かりました。この国の恩人でもあるあなたの言葉です。それを指針として自らを律していきたいと思います」

と応えてくれたんだ。

それを見て私は、自分の頬が緩むのを感じたのだった。

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