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横っ面をひっぱたいて私の胎の中に押し込んで

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町長の言葉は、苦悩そのものだった。それ以外の何物でもなかった。何百年もの歴史の中で虐げられるしかできなかった人達の苦しみそのものだった。

それに対して結局は第三者でしかない私が何か慰めようとしたり励まそうとしたりしてもただただ空々しいだけだろうな。

でも、私は言わずにはいられなかった。

「町長。私は国を失ったという経験がありません。だから皆さんのお気持ちが分かるとは言いません。

ただ、私は、子を持つ母親でもあります。私の生んだ子が何者かに理不尽に踏みにじられ殺されることを思うと、それだけではらわたが捩じ切られんばかりに怒りに打ち震えます。

この街にも、当然、私の子と同じように幼い命が息づいています。それらを救う手立てがあるのに何もせずにただ死を待つだけなど、命を賭して子を生みだした母親としては我慢がならないのです。

我が子がそんな泣き言を並べていたら、横っ面をひっぱたいて私のはらの中に押し込んで、ぎゅうぎゅうに締め上げて改めて産み直してやりたいですよ。

人は、生まれてくる時にすでに生きるか死ぬかのぎりぎりの苦しみを乗り越えて産声を上げたんです。母親の胎の中では安穏としてられたかもしれないけど、そこから産道を通って外の世界に出てきて産声を上げるまでは、全身を締め付けられ、呼吸もできない。

命懸けだったのは、母親だけじゃない。赤ん坊もそうなんです。

そこまでして死に抗い、生を掴み取ったというのに、どうしてそんな簡単に諦めるんですか? 私は納得できない。だから私は、自分にできることがあるならするんです」

「……」

私の言葉に、マホマトリスタレ町長は唖然とした様子を見せた。そして……

「……私は、生まれてくる時、母親を殺したのです……」

って……

「……!」

今度は私が息を呑む番だった。

そんな私に向かって町長は続ける。

「私が生まれた時、私の母は死にました……そして私は、母の妹によって育てられたのです。十三の頃にそれを聞かされ、私は自身を呪いました。母親を殺した自分がのうのうと生きていていいのかと思ったのです……

育ての母は『気にしなくていい。そういうものだ』と言ってくれましたが、私は納得できなかった。納得できないまま、母を殺した私に生きる意味があるのかをずっと問い掛けてきました……

その結果、こうして町長という役目まで負えるようになったものの、それでもまだ納得はできなかった。

でも、今、あなたの言葉を受けて、何か一つ、答えを得た気がします。

そうですね。母は命を懸けて私を産み、そして私は自ら生を掴み取った。その私が簡単に諦めていたら、母にこっぴどく叱られるでしょうね」

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