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ああ、分かってる。死んだんだろ?

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「ところで、ブランのことなんだが……」

私とリオドレクの挨拶が済んだのを見計らって、ブルクバンクレンさんがそう切り出した。するとリオドレクは、

「ああ、分かってる。死んだんだろ?」

さばさばした感じで訊き返す。それに対してブルクバンクレンさんも、

「まあな。ヘタ打って<ネズミ食い>をばら撒いちまってお縄になった上に磔だとよ」

『やれやれ』って感じで肩を竦めながら呆れたように言った。

<ネズミ食い>というのは、他所ではヘリーバンクレン病と呼ばれてるここ由来のペストの俗称だった。

ネズミを食べた人間がなる病気って意味らしい。

実はベストって、ペスト菌に感染したネズミの血を吸った蚊に人間が刺されることで感染するっていうのが主な感染経路だから、言い得て妙って感じだな。

もしかしたら実際にネズミを食べようとしてそれでペストに感染した人がいたのかもしれない。

ただ、以前にも言った通りここの人達の多くはペスト菌に対して免疫を持っているらしく、感染しても重症化することはあまりないそうだ。精々、体がひどくだるくなって起きていられなくなるだけで、二~三日寝込むだけで治るんだって。

それでも、高齢者や乳幼児にとっては危険な病気だけど。

そしてここでそれが流行ってるのは、大部分がこのウンチ塗れの不潔な環境の所為だ。これの影響でネズミがやたらと繁殖して、それに伴ってペスト菌に感染したネズミも増えて、その血を吸った蚊の割合も当然増えて、それで感染者が増えるってことなんだよね。

でもここの人達は重症化しないことが多いし、下手したらほとんど症状が出ないからそのまま他の国に商売に行ったり出稼ぎに行ったりしてそれで感染者を出すっていうのが仕組みだな。

ちなみに、ここでも、

<金湯香の種が取れる木の肥料になる糞をするネコに食べさせる香草>

が栽培できるそうだから、それが主な輸出品って感じか。他にも、金湯香の類似品(はっきり言ってしまえば偽物)も作ってるそうで、リオドレクが普段扱ってるのはまさにそれらしい。

とは言え、金になるなら何でも扱うそうだから、その辺りの細かい話は重要じゃないのか。

「で、具体的に何を扱うんで?」

リオドレクが下から覗き込むようにして尋ねてくる。

完全に私を値踏みしてる目だ。

そんな彼に、私は、

「ウンチですよ。この街を埋め尽くしてるウンチを売るんです」

と、やっぱり単刀直入に言わせてもらった。

役人はこの辺り、いろいろと根回しをしてからでないとまったく乗ってきてくれないけど、相手は商人だからね。時間を無駄に過ごすのは嫌う傾向にあるんだ。

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