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もしこれでこの子が私に対して反発するようになったとしても

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そこから先も、実は一筋縄ではいかなかった。当然か。いくら割と有名だからって、現代の地球みたいにインターネットで秒速で世界中に情報が拡散する時代じゃない。写真すらまだ発明されてないから、国民の多くは自分の国の王様の顔すら知らないのも当たり前の世界だ。そこで外国の魔法使いの私の顔なんて、知らなくても当然だから、だいたい、

『なんだお前は?』

みたいなところから入ることになる。それを何度も何度も繰り返すんだ。

そこで『メンドクサイ!』と投げ出してたらこんなことやってられないよ。何度でも何度でも何度でも何度でも同じことを繰り返す。それをやり通した者だけが<実>を得る。

現実の世界で分かりやすいカタルシスを得ようなんて考えちゃダメだ。物事っていうのは、こういう地味な下準備の積み重ねなんだよね。

ただ、堆肥化事業と魔法使いへの魔法の伝授も並行してだから、正直、休みはなかった。

決められた休日を守らなくちゃと思ってたけど、それを守ってたらまったく時間が足りない。

しかも、奴隷は人間扱いじゃないから休日とかないんだよね。だから、ヘリーバンクレンの件の根回しと魔法の伝授は平日に、堆肥化事業の推進は休日にっていう形になってしまった。

決められたことを守れないのは、申し訳ないと思う。主にキリンに対して。彼女との一緒の時間がほとんどとれない。

一ヶ月以上、起きてる時のキリンの姿を見てないなんてことも当たり前になってしまった。

「ごめんね…キリン……」

寝ている彼女の頭をそっと撫でながら、私は謝った。

そんな私に、ベントが言ってくれる。

「カリン。キリンはちゃんと分かってますよ。あなたが愛してくれていることは分かっています。だから今は、私を頼ってください。エマもいます。キリンは皆から愛されています。それがあれば十分に補える。事が終わってから、たっぷりと彼女に甘えさせてあげてください。

それで事足ります」

本当に、こういう時って<家族の理解>が大事なんだなって実感する。それがなければ、自分が何のために頑張ってるのか分からなくなりそうだって気がする。

『キリン……私はね、あなたと同じようにこの世に生まれてきた人達を守りたいんだ。私にはそれができる力があるから……だからごめんね、待っててね……』

もしこれでこの子が私に対して反発するようになったとしても、私はそれを受け止めようと思う。自分の選択がもたらす結果は、自分が受け止めなきゃと思うから。それができる大人の姿を実際に見せてあげないと、子供はそれを学び取れないと思うから。

「愛してるよ、キリン……」

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