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彼女を守るためにこそ<支配>する

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人は必ず死ぬ。死が不幸なら、人間は必ず最後は不幸になると決まってるってことなの?

確かに死は幸せではないかもしれないけど、だからってこの世には不幸しかないってわけじゃないと私は知ったんだ。不幸と幸せは、同時に存在できるんだってさ。

ただし、この世は不幸ばかりだと泣き言ばかり並べて努力しない人間には、よっぽどの運が巡ってこないと幸せは来ないかもしれないけどね。

他人の幸せを妬んでる暇があるんなら、自分で幸せを作り出す努力をしなよ。他人が幸せそうにしてるのが許せないとか思ってる人間に幸せは掴めないんだよ。

だってそんなことを思ってる人間を幸せにしたいと思ってくれる人なんて、そんな奇特な人に巡り合えるなんて、宝くじに当たるような確率だと思うよ。

そんなものを期待するより、自分で幸せを作った方がはるかに確率は高くなると思うけどね。

そのためにも、ここでの人との関わり方を知っておいた方がいいと思う。

他人を敬えない人は、他人からも敬ってもらえない。それは地球でもここでも変わらなかった。

自分の価値観ばかり押し付けてくる人は疎まれる。それも同じだった。

ここにはここの価値観があり、ここに生きる人達なりのメンタリティがある。

そして奴隷にも奴隷のメンタリティがある。歯向かうことさえ許されず、ただ理不尽な暴力に曝されながら生きるしかない人達には、そういう人なりの感覚があるんだ。

それを、エマは教えてくれた。

彼女から学んだことを私はキリンにも教えていかないといけない。

奴隷達は、<平等>というものを信じない。権利というものを信じない。そんなものをちらつかされると、逆に怖がるんだ。

もしかしたら中にはそういうのを受け入れられる奴隷もいるかもだけど、少なくともエマはそうじゃなかった。

必ず私が上位であり、自分はその命令の中でだけ生きることができるというのが、彼女の感覚だ。生きるのも死ぬのも主人の気分次第。それが当たり前であって、自由に生きていいと言われても、そんなの、逆に『死ね』と言われてるのと同じなんだよ。

普通の人間が裸で何も持たずに自然の中に放り出されるみたいなものって感じかな。

<上位の存在の支配>こそが、彼女達を守る<社会規範>なんだ。

地球での歴史と同じような感じだったんだとしたら、奴隷の存在はそれこそ何千年も昔から社会基盤として根付いてるものだと思う。そういうものが覆るには、たった一つや二つのきっかけじゃ無理だって実感しかない。

いきなり解放されたら、奴隷達はそれこそ生きていけないと思うんだ。

私はエマを虐げない。だけど、彼女を守るためにこそ<支配>する。

これがここで生きていくのにすごく大事な感覚だと私は実感してるんだ。

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