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一つの命をこの世に送り出そうっていうんだから

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『妊娠は病気じゃない』とか好き勝手言う奴がいるけど、はっきり言ってそう言う奴にこそ経験してもらいたいね、これ。

正直、インフルエンザとかの方がよっぽどマシだと私は感じたよ。少なくともあっちは薬を使えば治りも早いし、それにせいぜい一週間も経てばだいたいきれいさっぱり楽になるんだしさ。

『そうとは限らない! もっと重症化する場合もある!』

とか言うのもいそうだけど、『一概に言えない』っていう話なら、妊娠だってそうだよ? 経験したこともない人間が想像だけで『病気じゃないから甘えるな』とか、経験してても割と楽な部類だったりしてそれを基準に考えられたらたまったものじゃない。

なんてことを、自分がかつて、

『マタニティマークとか、甘やかしてほしいってことじゃないの?』

とか考えていた時期があったのも棚に上げて思ってしまった。今、その頃の自分が目の前にいたら、ぶん殴ってしまいそうだ。

『甘ったれてんのはお前の方だ! このクソ間抜けが!!』

なんて怒鳴りながらさ。

でも、そんなことはできないから、とにかく陣痛の痛みに耐える。いくら『病気じゃない』と言われても、病気じゃないということ自体は事実でも、この辛さは決して『病気じゃないから』で納得できるレベルじゃないよ。

だけど、一つの命をこの世に送り出そうっていうんだから、並大抵のことじゃないってのも確かにそうなんだろう。

ただ、男性の方はこの苦労をしないってのは何だか納得できないなあ……

雌雄同体で、どっちが妊娠するかは運次第って感じになればいいのに……

なんてことも真剣に考えてしまう。そんなことを考えても意味がないのは分かってても、ついつい。

ああでも、自分の勝手でこの子をこの世界に送り出そうっていうんだ。その覚悟を試されてるんだって考えれば……

っても、やっぱり納得できるかぁーっっ!!

「カリン……」

辛そうにしている私の背中をベントがさすってくれるんだけど、それすら鬱陶しくて、

「いらん…! 触るな……!」

ってつい言っちゃった。後から思うと我ながら許せないくらいの暴言だと感じるんだけど、この時は本当にそれどころじゃなかったんだよね。微妙にポイントを外してる感が半端なくて、かえって辛かったんだ。

ベントは本当に素晴らしい夫だよ。だけどそれが分かってても正気じゃいられないんだ。しかもそのことを彼は分かってくれてる。これも結局、私が、普段から裏も表も包み隠さず彼の前で明かしてるからかもしれないけどね。

こういうことからも、表の顔しか見せられない関係ってのは、肝心な時に役に立たないどころか足を引っ張る可能性さえあるって分かるよ。

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