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私がこれまでみたいに仕事できない分

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「家の方はそのままにしておくから、またいつでも利用してくれればいい」

サイサスリスト氏はそう言ってくれたけど、それってつまり、暗に、

『また来て手伝ってくれ』

ってことだよね。

でも、そういう抜け目ない感じ、私は決して嫌いじゃないよ。

「寂しくなります」

「いつでも遊びに来てくださいね」

家を出る日、警備の兵士や近所の人達が口々にそう言って見送ってくれた。

荷物を積んだ馬車にエマと一緒に乗り込む時にはさすがに微妙な空気にもなったけど、意外なほど攻撃的な印象はなかった。これまでエマに対して悪印象が募らないように、良好な関係を築く努力をしてきたのが功を奏したのかもしれない。

もちろん、これがそのまま奴隷全般に対する感情を和らげることに繋がるとは思ってないけど、何かのきっかけになればとは思わずにいられない。

だけどそれを見届けることはなく、私はエマを連れて主都へと向かった。

私の体調を気遣いつつだから、普通なら四時間で着くところを六時間掛けてベントの待つ家に帰ると、彼が食事の用意をして待ってくれていた。

さらにそこに、

「ただいま!」

アルカセリスも帰ってくる。仕事が早く終わったから、そのまま帰ってきたらしい。

こうしてまた、この家でベントと一緒に暮らすことになった。

取り敢えずは出産を確実にこなして、それから後はまたその時に考える感じかな。

「重くないですか?」

日に日に大きくなってくる私のお腹を、休みを利用して帰ってきたアルカセリスが見て、そう尋ねてくる。

「もちろん重いよ。ある程度は慣れてくるけど、やっぱり大変なのは正直なところかな」

素直な感想を応えさせてもらう。

それでも、一番暑い時期に一番大変な状態じゃなかったのだけは救いかもしれない。

夏真っ盛りの頃に臨月を迎えてたらと思うとぞっとする。なにしろそこまでじゃない状態でも、やたら汗をかくから<あせも>が酷くって。

暑いし。

外からは見えないのをいいことに、テラスでほとんど裸になって、エマに、濡らした手拭いで背中とかを何度も拭いてもらったよ。それが気持ち良くてさ。

ちなみに、私がこれまでみたいに仕事できない分、ベントに頑張ってもらってた。

セリス商会の仕事をさ。

私がサイサアルメド州に行ってる間にもこっちのことは完全に任せてたけど、正直、それ以上かな。

実質、彼が社長みたいな感じだ。

でも、それでいい。私以外の人がちゃんとできるようになってくれた方が、私に万が一のことがあっても技術は受け継がれていくし。

熱さが少し和らいできて、秋の気配がしはじめ、いよいよ臨月間近になるにつれ、余計にそんなことを思うようになった。

なにしろ、出産って命懸けだからね。

医療技術が十分じゃないこの世界じゃ、なおのこと。

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