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この子の生きていく世界が少しでも生き易いものになるように

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『自分の信じる常識を疑う』

私がこの世界に馴染んでこれたのも、結局はそれだと思う。自分の中の常識がこの世界と折り合うことができるものかどうかっていうのを考えるようにして、どうしてもダメなものならこちらのそれに近付けるように自分を更新してきたんだ。

だからこそ魔法を受け入れることもできたし、命がどうしたって安いこの世界のようを受け止めて、折り合いをつけるようにしてきた。

それを心掛けてたからネローシェシカの死を受け止めることもできて、戦争が当たり前だったり、奴隷制度が社会基盤そのものに根付いている現状とも折り合うことができる。

もし、そうしなかったら、私は、この世界の社会制度そのものを力尽くで根底から引っくり返すために、<正義を掲げたテロリスト>になっていたかもしれない。

実際、私にはそれができてしまうだけの力もあると思う。

簡単だ。バイオ兵器よろしく魔法を使って細菌やウイルスを制御し、都合の悪い奴は誅殺していけばいいんだから。

別に、エイズウイルスとかエボラウイルスとかそんな特別なのは要らない。普通にその辺の土の中にいる細菌でも、人間を容易く殺せるのはうじゃうじゃいる。

有名どころだと、炭疽菌とかボツリヌス菌とかね。そして私は、現に、その炭疽菌やボツリヌス菌さえ制御できる。

そんな私が、正義を振りかざして、自分のやってることは正しいんだと思い込んで、戦争をなくすため、奴隷制度をなくすためって考えたら何をしでかすか、ちょっと頭の回る人ならすぐに想像がつくでしょ?

もしくは、私が自分の知識と魔法の技術を考えなし無制限に広めたら、誰がそれを悪用するか分かったものじゃない。私が他人に教えるのは、現時点じゃ簡単には悪用しようのないものだけだよ。

戦争も奴隷制度も身分制度も、それがあるその時点では必要性があったからのものであって、その事実を、他の世界から来たそれこそ余所者の私が自分の価値観や常識だけで是非を論じちゃいけないと思うんだ。

もちろん、戦争はなくなってほしいし、奴隷制度もなくなってほしい。身分制度もできればなくなってほしいと思う。私個人の正直な気持ちとしてはそれを持ちつつも、強引なことをするのも違うんじゃないかな。

だけどいずれはそうなっていくことを願って私は今の仕事を続けてる。生きる為に戦争をしたり、奴隷を酷使することで生産性を上げたりしなくて済むようにと願って。

私の胎内なかに宿ったこの子の生きていく世界が少しでも生き易いものになるように。

戦争で命を落とすことも、誰かの勝手な都合で奴隷にされたりすることもない世界に少しでも近付くようにね。

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