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奴隷に呪文を教えるという名目で

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実際、サイサアルメド州での堆肥化の成功を聞きつけた他の州の役人達の一部が、その噂が事実かどうかを確認しようとして、視察団を送り込んだりしてたみたいだ。

私が奴隷達に指導してる様子を見て、眉を顰めたりしてたけどね。

まあそれはいいとして、

「臭いが……マシになってる……?」

と呟いたりしてたのは『だろぉ?』と内心では思ったな。

大変だったんだよ。奴隷に呪文を教えるという名目で、すでに投棄されてた大量のウンチを堆肥化するの。

さすがにずっと下の方になってるものまでは届かないにしても、可能な限りなるべく早く堆肥化したかったんだ。

周辺の畑に一度に供給するとなれば、それだけまとまった量も必要になるしね。

正直、毎日フラフラになりながら家に帰ったよ。

それでもエマにマッサージをしてもらって気力と体力を回復させつつ、私は処分場の大量のウンチを堆肥化し続けた。この農閑期にとにかく進めたかったんだ。

すると、奴隷達も自分達の職場環境がどんどんマシになっていくことに気付いたみたいで、熱心に作業するようになってくれた。

加えて私は、

「魔法を使える奴隷は使い捨てにしてもらったら困る」

と、あまり酷使しないようにサイサスリスト氏に申し出た。

「しかし……」

最初は渋い顔だった彼も、<堆肥化の魔法>を使える奴隷は貴重であることは理解してたし、これまで投棄してきたウンチを早々に堆肥化したいという欲も出てきて、私の申し出を、公式には認めなかったものの、私が奴隷に<治療>を施すことを黙認してくれた。

あくまで<道具のメンテナンス>という名目で。

そして<堆肥化の魔法>が使える奴隷が増えてくると、堆肥化の方は奴隷達に任せ、私はそれでできた余裕を<治療>の方へと回すことにする。

すると、最初のうちは私に対しても微かな敵意を見せていた奴隷達の態度が目に見えて柔らかくなってきていた。

徹底的に虐げられて、逆らう気力のある者からどんどん殺されてたことで露骨な反抗はしないものの、それでも合わせようとしない視線の奥底で仄暗い憎悪の炎が揺らいでるのは察せられてたのが、徐々に薄れてきてたんだ。

もっともそれも、エマをずっと見続けてきたからこそ分かる、微妙な変化かもしれないけど。

奴隷達は基本的に、感情を殺して毎日を過ごしてる。

明日まで生きていられるか、それどころか今日生き延びることができるかっていう状況の中だからね。

そして下手に感情なんか表に出そうものならたちまち目を付けられて殺されるっていう境遇じゃ、少しでも生き延びられる可能性を高めるためにはなるべく目を付けられないように、感情を表に出さないようにっていうクセが付くのも、奴隷達にとっては当たり前の生存戦略なんだろうな。

それでも殺しきれない感情というのはあって、その一つが憎悪ってことなんだろう。

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