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誰か一人に何もかもを押し付けるのはまともな大人のすることじゃない

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『どうせ現場は、こっちと向こうの間くらいですから!』

そう言って半ば強引についてきたアルカセリスだったけど、通勤には向こうにいた時の倍の時間がかかってた。

片道二時間。夜が明けたら出発して、帰りはあまり遅い時間になると盗賊とかの心配もあるからできるだけ早く帰るようにしてるけど、それでも家に着くのはとっぷりと日が沈んでからだ。

そのせいで、<使用人としての仕事>はままならない状態だった。

私がアルカセリスの分の夕食の用意をしてたら、

「申し訳ありません! 私がやりますから…!」

って言って駆け寄ろうとして、彼女は足をふらつかせた。

「ほらもう、無理をしない…! 無理して体を壊されでもして私が喜ぶとでも思ってんの?」

ふらついた彼女を支えた私は、きっぱりとそう言わせてもらった。続けて、

「どう? 頭で考えてたのと実際にやってみたのとでは違うでしょ?」

とも。

「……はい……」

私の言葉に、アルカセリスは申し訳なさそうに小さく応えた。

だけど私はそれ以上叱責しなかった。彼女が自分で気付いてくれたのならそれで良かったから。ここで偉そうに追い打ちをかけるのなんて、そんなのはただの自己満足だ。自分がいい気分になりたいからすることだと思う。

私は彼女の表情を見て、目を見て、何を言うべきか、するべきか考える。

『そんな面倒なことしてられるか!』

なんていう人はただ甘えてるだけだから、私は参考にしない。

必要なことを『面倒だからやらない』なんて、子供の理屈だよ。それが許されるのは子供のうちだけだ。

なんつって、私も『面倒臭い』でやらないことも多いからさ。だからこそ、偉そうにはできないんだ。自分がそんなだから。

そんなこんなで、家のことの大半はエマにやってもらうことになった。

できる人がやればいいんだよ。誰か一人に何もかもを押し付けるのはまともな大人のすることじゃない。男とか女とか、そんなことはどうでいいんだ。

『できる人がやる』

それが仕事を分担する時の大原則の筈だ。

どんなに奴隷を毛嫌いしてたって、自分のキャパを大きく超えた仕事をしようだなんて、思い上がりも甚だしい。

ただ、食事だけはどうしても嫌悪感が残ると美味しくないだろうから、私が用意をすることになるけどさ。

これも、アルカセリスにとって<生理的に無理>なところをエマにやらせるのは非合理的だから、余力がある私がするんだ。

まあ、味はそれなりだけどさ。

でも、実はエマはまともに料理をさせてもらったことがないから、料理はできないんだ。普段だって、ジャガイモをオーブンで焼いだだけのものを食べてきたりしてたくらいだからね。

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