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実るほど頭を垂れる稲穂かな

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で、<困った役人>の説得はベントに任せて、私は、次の仕事の段取りに入った。

去年のうちに採取してきた土の分析とそれに合った改良法の検討だ。

これもものすごく地味な仕事だけど、これをやらなきゃ先には進めない。

という訳で、これから<研究室>にこもる。研究室と言っても、使用人用の部屋の一室に資料とかサンプルとかを詰め込んだだけのものだけどさ。

アルカセリスは今日から灌漑工事の現場の方に行ってる。

で、部屋にこもる前に、奴隷小屋の方に寄って、

「私はこれから部屋で仕事するから、コーヒーを淹れて」

とエマに声を掛けた。

「は…はい……」

おどおどと返事をした彼女を連れて、使用人用のキッチンに入った。母屋のキッチンを使うとアルカセリスが嫌がるからね。

母屋に繋がった使用人用の建物は、エマの為に使うようにしてる。

アルカセリスは使用人としてここで働いてるけど、彼女は私やベントと一緒に母屋を使ってもらってるんだ。

今はこれがぎりぎりの妥協点かな。

「奴隷なんかに、もったいない……!」

とアルカセリスは憤慨もしたけど、

「でもそのおかげであなたはさらに私の傍にいられるんだよ。それとも、もっと割り切って使用人部屋で休憩とかしたい?」

って訊いたら、

「あ……いや、それは……」

なんて慌てながら承服してくれたよ。

<使用人>としてここにいるからって、『四の五の言わずに主人に従え』っていうのは私はやりたくない。そんな風にしてたから不満が溜まっていろいろ問題が生じて、そういう<主従関係>が廃れていったんだろうなって私は思ってる。

貴族や王族の家に生まれるなんて、そんなの、本人は何の努力もしてないじゃない。努力の果てに築いた地位とかだったりしたらそりゃ敬ってもらえたりもするかもしれないけど、ただそこに生まれたってだけの人に偉そうにされたら気分も悪いよ。

少なくとも、私はそんなの敬えない。

ましてや私は貴族どころか<下賤の民>と言われても仕方ないような家庭の生まれだ。そんな私が何を偉そうにできると言うんだ。

『それだけの努力をして今の地位を築いたのだから、それに見合った扱いは受けるべきだ』

って?

冗談じゃない。私はただただたくさんの人に助けられてようやくここまで来ただけだ。多少努力はしたとしても、その努力を認めてくれた人がいたからこそこうしてられるだけに過ぎない。

どこまでいっても『誰かのおかげ』なんだ。それをただ『自分だけの手柄だ』とか考える人間を、私は尊敬できない。

『実るほど頭を垂れる稲穂かな』

とはよく言われるけど、それはこういうことなんだなとすごく実感させられるよ。

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