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長い目で見ることができない人間に人を育てることはできないというのが私の信条だ

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顔の包帯も取り、目を背けたくなるような状態のそれにもちゃんと意識を向ける。

でもまずは頭と体を洗って先に湯船に浸からせて、続いて自分の体も洗う。

それから私も湯船に浸かり、彼女の顔にそっと手を伸ばした。

ビクっと体を竦ませるエマに、

「じっとしてて」

そう命じてそっと手で触れた。

気休めでしかないけど、魔法で働きかけて少しでも良くなればと思ってね。

私に触れられるのも怖がる彼女も、本当に『嫌がってる』かといえば実はそうでもないのが伝わってくる。触れられるのが<嫌>なんじゃなくて、<怖い>んだ。彼女のこれまでの経験の影響で。そういうのはなかなか治らないだろうというのも分かってる。

だけど、私が危害を加えないのが少しずつ伝わってきてるのか、嫌ではなくなってるみたい。

それならいいなとは思いつつ、決して期待はしない。

下手に期待すると、その通りにならなかった時に苛立ってしまうかもしれないから。

そうやって顔の傷痕のマッサージを行った後は、体の方のマッサージも行う。顔ほどじゃないにせよ、体もやっぱり酷いことになってるし。

「私は道具は大事に使う主義だから。あなたも自覚して。自分を大事にしないのは許さない。私に怒られたくないのなら、それを理解して」

と言っても、彼女は戸惑うしかできないんだけどさ。

だってそんな風に言う人なんていなくて、理解できないんだろうね。で、どうしたらいいのかも分からないんだろう。

伝わらないのも当然だから、気にしない。

焦っちゃダメだと自分に言い聞かせる。

理解できる素地がない。それを理解する為の概念がない人に伝えるのは並大抵のことじゃない。まずは私がどういう人間なのかを理解してもらってからでないと私の考えてることもピンとこない。

だからこそこうやってコミュニケーションをとる。今はまだ不信感の方が強いだろうけど、それが何ヶ月も何年もってなってくると、逆に今の状態が彼女にとっての<普通>になる時が来る。

それを待つんだ。

人を育てるっていうのはそういうことだと思う。

長い目で見ることができない人間に人を育てることはできないというのが私の信条だ。

即席で自分の思い通りにしたいという場合は、使い捨てるしかできないと思ってる。

そして人を使い捨てるとその報いはいずれ自分に返ってくる。自分が使い捨てられたり見捨てられたりする時が来る。

人間は、自分を蔑ろにした相手を助けたいと易々と思ってくれるほど都合よくできてない。

しかも、見返りを求めてやるとそれを見透かされたりもする。

難しいけどやりがいはある。

エマがこれからどうなっていくのか、実は楽しみだったりもするんだ。

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