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人間だったら誰しもそういう一面があるのは分かってるんだ

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深夜、ドアを開ける物音に気付いて、私は少し眠りが浅くなった。裏口の方に歩いていく人の気配がある。エマの足音だ。

『仕事に行くのか……』

ぼんやりとそんなことを思う。本当に真面目だなあ。

そして明け方にはまた、ドアを開ける気配がして、ふと目が覚めた。

無事に帰ってきたんだとホッとする。

奴隷である彼女が無事に帰ってこられる保証はどこにもない。他人の奴隷に危害を加えるのはもちろん禁止されてるけど、そんなのお構いなしに無茶をする奴はどこにだっている。そういうのに襲われたら、一巻の終わりだ。

こんな苦しい境遇に置かれた最後がそれとか、本当に残酷だと思う。

……いや、もしかしたらある意味じゃ<救い>なのかもしれないけどさ。少なくともそれ以上苦しむことはないわけで。

だけど、そんなのを<救い>と考えなきゃいけないというのがそもそもおかしいと思うんだ。

少なくとも私は、自分がそんなことになったら納得いかない。

だから私は、エマをそんな風には扱わない。

とは言え、それで普通の人間として扱うと今度は周囲の反感を買って、逆に彼女を危険に曝す危険性だったあるから、

『あくまで道具として大切にする』

という姿勢は崩さないようにしなくちゃね。

ほんっとつくずく面倒臭い。

相手は人間なんだからいちいちそこまで区別しなきゃならないなんて逆に非合理的だよ。



朝、私が目を覚まして身支度をしてたら、

「おはようございます!」

と元気に挨拶しながらアルカセリスが<出勤>してきた。今日は役人としての仕事は休みだから、朝からうちの使用人としての仕事に就くことになる。

「おはよう。じゃあ、いつもの通り、掃除からお願い」

「はい!」

昨夜は結構飲んでたはずだけど、どうやら大丈夫みたいだね。若いなあ。

また、さすがに慣れてきてそれなりにスムーズに家事をこなす様子にちょっと感心する。

しかも、昨夜は酔っぱらって私に馴れ馴れしくしてたのが、今はきちんと一歩引いた態度で接してくれてる。仕事は仕事としてわきまえてくれてるんだろうな。

それもまた、彼女の姿なんだと思う。そういう表向きの一面だけで判断するのは危険でも、そんな風に表面を取り繕えるということ自体がその人の能力の一部だとも思うんだ。

『表面を取り繕う』っていう言い方がちょっと良くないのかな。なんかそれじゃ、性格悪い裏表ある人みたいにも聞こえるし。

だけど、人間だったら誰しもそういう一面があるのは分かってるんだ。あくまで、表向きの一面だけでその人の人間性そのものまで判断してしまうのは早計かなっていうだけでさ。

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